研究課題/領域番号 |
25440014
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
鈴木 詔子 新潟大学, 自然科学系, 助教 (50401237)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 糖鎖 / 組織 / グライコミクス / 糖タンパク質 / 生物種 / HPLC / エレクトロスプレーイオン化質量分析 |
研究実績の概要 |
インフルエンザウィルス(IV)は、自然宿主であるカモを起点に、変異を繰り返すことで他の鳥類や哺乳類に幅広く感染するようになったウィルスである。カモに感染するカモIVは、腸管に常在し病原性を示さないが、家禽であるニワトリへの感染能を獲得したニワトリIVは、全身に感染する。トリIVの発現するヘマグルチニン(HA)は、いずれも宿主細胞上に存在するSiaα2-3Galという糖鎖の配列を認識し感染することが知られている。しかし、詳細な解析では、カモHAとニワトリHAで、非還元末端側に存在するSiaα2-3Gal配列のさらに内側の糖鎖配列の違いにより親和性が異なるという報告がある。この認識する糖鎖配列の違いを生じさせるメカニズムを解明するためには、宿主である鳥類の組織中の糖鎖構造を比較することが必要である。一方、糖鎖の構造解析が比較的進んでいるヒトやマウスなど一部の哺乳類と異なり、鳥類では、既知の糖鎖構造とは全く異なる生物種特異的な糖鎖構造も検出される可能性を秘めていることから、多種多様な糖鎖構造に対応出来る糖鎖構造解析の手法を確立する必要が考えられた。 そこで本研究では、昨年度に行った手法、すなわち鳥類の組織から糖鎖を精製し、完全メチル化した糖鎖をMALDI-TOF-MSにて解析する手法に加え、蛍光標識した糖鎖をHPLC法により分画し、ESI-MSおよび MS/MS分析を併用して定量的かつ定性的に組織から分離した糖鎖を分析する手法の確立を試みた。HPLCによる分画としては、(1)陰イオン交換カラム、(2)逆相カラム、(3)順相カラムのうち、目的に応じて1~3種のカラムを選択して用いた。糖鎖を分画することで、夾雑物を排除できるのみならず、高マンノース型など、組織中に多く含まれる糖鎖の画分が他の糖鎖と分離されるため、比較的低含量の糖鎖の構造解析も容易に解析できるようになった利点は大きい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度は、鳥類組織の材料として、比較的入手が容易なニワトリの肝臓を用い、糖鎖の分離・精製を行った。精製した糖鎖を、完全メチル化した後、MALDI-TOF-MSによって、組織由来の糖鎖全体を一度に分析する方法を試みた。しかしこの場合、組織中に大量に存在する高マンノース型のシグナルが強く、複合型の糖鎖、特にシアル酸などを持つ酸性糖鎖のシグナルは検出が難しかった。そこで、本年度は、糖鎖をHPLCで分画した後、質量分析をする手法を試みた。酵素で切り出したN型糖鎖に対し、その非還元末端側を2-アミノピリジン(PA)で標識し、ゲル濾過により大過剰の未反応なPAを除いた後、以下に示すような手順でHPLCにより分画した後に、PA化糖鎖の質量分析を行った。 1.陰イオン交換クロマトグラフィーによる分画:DEAEカラムを用いて、中性糖、モノシアロ糖、ジシアロ糖、トリシアロ糖の4画分を分取した。 2.逆相クロマトグラフィーによる分画:C18カラムを用いて、それぞれの画分をさらに分画した。 逆相クロマトグラフィーによって分取した各画分に対して、質量分析(LC-ESI-MSおよびMS/MS)を行い、糖鎖構造の組成を推定した。その結果、中性糖56.4%、モノシアロ糖25.7%、ジシアロ糖17.7%、トリシアロ糖0.2%が含まれていることが明らかになった。また中性糖のうち高マンノース型糖鎖は、71.4%であり、これは全体の糖鎖のうちの40.2%に相当する。複合型糖鎖は、主に2~4本鎖の分岐構造を持つと考えられるが、MS/MS分析によりタンデムに並んだラクトサミンの構造を持つものも一部存在している可能性が示された。 以上のように、糖鎖をHPLCによって分画することで、糖鎖の構造をより詳細に解析することが可能となった。高感度なLC-MSを併用することで相対的に低含量の糖鎖も検出し構造解析が可能となった点で、この手法は有用であり、さらなる進展が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
1.糖鎖構造解析手法の確立とデータの蓄積:鳥類組織の糖鎖構造解析を行う上での最大の障壁は、未知で予想外の糖鎖構造が発現されている場合である。特に、糖鎖の組成を質量分析法により推定しても、構成単糖の結合様式は多岐に渡り、生物種によって異なる場合も多い。したがって、各種糖分解酵素を糖鎖に作用させ、さらに質量分析を行う作業を繰り返すことによって、推定された糖鎖構造の確認を行う必要がある。糖鎖構造が決定されると、質量分析のうち特にMSn分析によるフラグメントパターンの結果が、次回に糖鎖構造解析を行う上での参考となる。そのような鳥類由来の糖鎖構造のデータを蓄積すれば、以後の構造決定をより迅速に導くことが出来る。 2.糖鎖ライブラリーの構築:得られた鳥類組織中の糖鎖構造の種類や特徴に基づき、組織中に存在する糖転移酵素や糖鎖関連酵素の同定をニワトリの遺伝子データベースを利用して行う。予想される酵素としては、シアル酸転移酵素の他、フコース転移酵素や硫酸化酵素がある。さらに得られた鳥類の糖転移酵素遺伝子を発現させ、鳥類組織中に存在する糖鎖構造を反映した糖鎖ライブラリーの作製・構築を行う。 3.HAとの結合実験:構築した鳥類の糖鎖ライブラリーを用いて鳥インフルエンザウィルス由来のヘマグルチニン(HA)と高い親和性を示す糖鎖構造を同定する。手法としては、固相化したHAに対して蛍光標識をした糖鎖を作用させその親和性を定量する方法を用いる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、異動に伴い研究環境が変化したため、新たに必要となった物品や消耗品の購入を主に行った。次年度ではさらに、実験用のサンプルや機器の維持や管理に必要な物品・消耗品を新たに購入する必要もあり、研究の方向性に応じて次年度に使用する予定である。
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次年度使用額の使用計画 |
実験材料やサンプルの保存に必要な冷凍庫・冷蔵庫、糖鎖構造解析に必要な試薬・消耗品、糖転移酵素遺伝子のクローニングや組換体タンパク質の調製に必要な試薬類、および分析機器の維持に必要な物品・消耗品などの購入に使用する。
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