研究課題
蛋白質の中には常に単分散の状態にあるのではなく少し凝集の性質を帯びるものがある。この際、凝集している分子の割合は非常に少なく 10% 以下である場合も多い。そこでは蛋白質は単分散と凝集の間を交換しており、その交換が平衡に達している。そのような状況下では蛋白質は一見すると水に溶けており、沈殿は見当たらない。また、円偏光二色性を測定してみても、予想される二次構造を保持している。ゲル濾過の結果では少し溶出が早くなるだけで、特に溶出ピークが二本に分かれるわけでもない。ところが、これを核磁気共鳴で測定してみると、ピークが非常にブロード化してしまい、その後の詳しい解析をほとんど妨げてしまう場合が多い。このような微かな凝集現象は非特異的な静電的相互作用や疎水的相互作用で起こると予想している。静電的相互作用の場合は溶液に塩を加えることでこれを弱め凝集を簡単に防ぐことができる。しかし、後者の非特異的な疎水的相互作用の場合は、塩を0にしても解決できることは稀である。さらに界面活性剤などが効くこともあるが、これは同時に蛋白質そのものの folding をも解いてしまう。したがって、非特異的な疎水的相互作用を効率よくどの蛋白質でも防ぐ万能の方法はまだ見つかっていない。当研究では、この非特異的な疎水的相互作用の実態が原子レベルではよく分かっていないことを踏まえ、これを NMR で詳細に調べ、そして解決するための方法を探ることを目的とする。その目的に最適な蛋白質として、菌の細胞壁のペプチドグリカンを分解する酵素 VanX を選んだ。これは pH や塩濃度を変えるだけで凝集の程度を制御できる数少ない蛋白質のうちの一つである。現在、NMR 用の 2H, 15N, 13C 標識試料の調製に成功し、各ピークの帰属をほぼ終え、交換現象を NMR で観測するための準備も整った段階である。
3: やや遅れている
異動により新たな研究場所を立ち上げるまでに時間を要した。そのため進行状況は若干遅れてしまったが、現在はほぼ軌道にのったと思われる。特に新しい NMR マシンにおいて、15N 核スピンの自己相関緩和だけでなく、13C 核スピンの交差相関緩和も測定できるように設定を完了した。したがって、今後の測定と解析は特に問題なくスムーズに進むことが期待できる。
核磁気共鳴で解析するための安定同位体 2H, 15N, 13C で標識した試料を調製するのに成功した。今後は、これの単分散と凝集の間の交換速度を各種 NMR 技法を使って、濃度、pH、塩濃度に依存的に検出する。特に主鎖の 15N 核スピンだけでなく、側鎖の 13C 核スピンの磁気緩和を測定し、これらのデータをモデルフリー解析につかう。さらに従来の自己相関緩和だけではなく、交換過程をあらわに含まない交差相関緩和をも測定する。これにより、どの箇所が凝集に関与しているかを原子レベルで同定することができる。そのための測定法は別のモデル蛋白質をつかって十分に試した。
異動により H26 年度は新たな研究室の実験室の立ち上げ、および担当する学生の指導などで実験の進め具合に少し遅れが生じた。そのため、試薬類などの消耗品で購入する量が予定より減ってしまった。
調製法を確立させた試料 VanX について H27 年度は大量の安定同位体で標識して調製する必要がある。そのため、2H, 13C, 15N などの安定同位体で標識されたグルコース、塩化アンモニウム、重水などの購入が必要となる。これらは高価なため、次年度使用額(B-A)と H27 年度分として請求する助成金を合わせた額分は必要となる予定である。また、核磁気共鳴で測定したデータを解析するためのコンピュータが早急に必要となるため、このハードウェア類(50 万円未満)も早期に導入する予定である。
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Journal of Molecular Biology
巻: 426 ページ: 2082-2097
10.1016/j.jmb.2014.03.006