研究実績の概要 |
尾索動物ホヤ類の幼生は、脊椎動物とボディプランを共有したオタマジャクシ型の形態を示し、海洋中を自由に泳ぐ。しかしホヤ幼生は、ギャップ結合で電気的に連結された片側わずか約20個(左右で計約40個)の筋肉細胞を備えるのみである。研究代表者は、このホヤ幼生のごく少数からなる筋細胞群が「可変的な強度をもって前後に伝播する屈曲波を生み出す仕組み」に関する研究を行っている。本研究の目的は、この幼生の筋肉帯において、アセチルコリンによって媒介される興奮性のシグナルばかりでなく、グリシンによって媒介される抑制性のシグナルを受容することが、筋肉帯が「可変的な強度をもって前後に伝播する屈曲波を生み出す」上で本質的な役割を果たすことを確証することであった。本研究によって、長くアセチルコリンによる単一支配が信じられてきた脊索動物の神経-筋システムを、新たに捉えなおす重大な契機が与えられると期待される。 本年度は、カタユウレイボヤとマボヤという2種において、幼生期に発現するニコチン型アセチルコリン受容体の全サブユニット遺伝子のcDNAを単離し、遺伝子発現様式を定めた。また、マボヤのグリシン受容体およびGABAA受容体のサブユニット遺伝子を単離し、発現様式を定めた。その結果、一部で相違があるものの、2種間で共通して幼生筋にニコチン型アセチルコリン受容体のA1, BGDE3, B2/4サブユニット遺伝子が発現していること、また単一のグリシン受容体遺伝子が共発現していることを明らかにした。GABAA受容体は筋肉にはなく、感覚神経節と運動神経節に発現していた。ホヤ類の中で系統的に遠く離れたこれら二種で、幼生筋にアセチルコリン受容体とともにグリシン受容体が共発現していたことは、ホヤ類の幼生筋が興奮性シグナルと抑制性シグナルの両方を受容しているという仮説を強く支持する。
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