研究課題/領域番号 |
25440163
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研究機関 | 東京医科歯科大学 |
研究代表者 |
松本 幸久 東京医科歯科大学, 教養部, 助教 (60451613)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 加齢性記憶障害 / 一酸化窒素 / 長期記憶 / コオロギ |
研究実績の概要 |
動物では加齢に伴い体の老化と脳の老化が進んでいく。その一方で、低温環境、食餌制限、交尾制限など特定の飼育環境下において寿命が延長することが報告されている。しかし、これらの飼育条件が脳の老化に与える影響を調べた研究は少ない。本研究の目的は、交尾制御などの寿命延長処理に伴う脳の老化の分子機構を、記憶分子として知られている一酸化窒素(NO)の動態と絡めて明らかにすることである。本研究では、記憶の研究において優れた研究材料として知られているフタホシコオロギを用い、初年度では、低温環境、交尾制限などの飼育環境下における寿命と脳老化の関係を調べた。2年目は主に、抗酸化物質であるメラトニンが寿命と脳老化に与える影響について調べ、以下の結果が得られた。 (1)抗酸化物質であるメラトニンを飲料水に混ぜて飼育したコオロギでは、通常のコオロギと比べて平均寿命に有意な差はみられなかった(成虫脱皮後の平均寿命が約14日)。ただし、これらのメラトニン水飼育コオロギでは、通常は成虫脱皮3週目の加齢コオロギにおいてみられる長期記憶形成不全(加齢性記憶障害)が全く観察されなかった。(2)加齢コオロギの脳にコオロギの生理食塩水に溶かしたメラトニンを単回投与したところ、若いコオロギ同様に長期記憶が形成された。(3)抗酸化物質として知られているグルタチオンやアスコルビン酸を投与した加齢コオロギでは、加齢性記憶障害を改善する効果はみられなかった。以上の結果から、メラトニンには寿命を延長する効果がみられなかったが、抗酸化作用とは違う作用により脳の老化を予防及び回復させる効果があることが示唆された。また、(4)交尾制限により脳の老化が進んだコオロギにメラトニンを単回投与したところ、記憶形成能が改善した。すなわちメラトニンには、環境の変化に起因する脳機能の低下も改善できることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2年目の研究実施計画では「抗酸化物質による寿命延長と脳老化の関係」「交尾制限による寿命延長コオロギの加齢性記憶障害改善実験」を、行動薬理学的手法を用いて調べることを目的としており、いずれも示唆に富んだ結果が得られた。特に、メラトニンには加齢性記憶障害に対して予防だけでなく改善効果もあることがわかり、今後NO系との関連を調べていきたい。以上のことから、本年度の達成度を「(2)おおむね順調に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
まず、食事制限やインスリンシグナル伝達系の阻害などが寿命と脳老化に及ぼす影響を行動薬理実験やRNAiを用いて調べる。さらに、通常の環境で飼育した若齢コオロギと加齢コオロギだけでなく、交尾制限、低温環境で寿命延長したコオロギやメラトニン投与コオロギの脳を取り出し、NOSのmRNAの定量実験を行う。そしてこれらの飼育環境を変える実験や薬物投与実験でそれぞれ得られた寿命、記憶力、脳内NOS量のデータを比較解析してこれら3つのパラメータの相関を調べ、申請者が立てた「体の老化(寿命)と脳の老化の間にはNOを介したトレードオフの関係がある」という作業仮説を検証する。
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