進化的キャパシターとは、発生過程を安定化する事で、環境、遺伝変異を緩衝し、表現型の多型を隠す事で、遺伝変異の集団中への蓄積を促進する機構を指したものである。現在、その有力な候補と考えられているのは、分子シャペロン遺伝子の一つであるHSP90だけであるが、未知のキャパシターが存在する可能性が申請者の先行研究により示唆されている。本研究では、HSP90の進化的キャパシターとしての機能の検証と、新規の進化的キャパシターのさらなる探索、そして適応促進効果の検証を目的として研究を行った。GAL4-UAS-RNAiシステムを用いて、翅原基および脳神経特異的なHSP90のノックダウンを行う事で、翅形態と概日リズムに対するHSP90の遺伝変異緩衝効果の評価を行ったが、HSP90の組織特異的阻害は遺伝変異量に影響しないことが分かり、これまで提唱されていた、HSP90が進化的キャパシターであるという定説に疑問を投げかける結果となった。また、野生型キイロショウジョウバエ20系統のHSP90の機能阻害を行った状態で翅形態および翅サイズを測定し、HSP90の機能阻害がその形質安定性および遺伝率に与える影響を調べた。その結果、HSP90阻害が形質安定性および遺伝率に与える影響は非常に小さいことが分かった。先行研究では、HSP90が質的形質の安定性や遺伝率に与える影響は検出されていたが、量的形質への効果は研究例がほとんどなかった。本研究の結果は、HSP90の効果が量的形質においては比較的小さい事を示した例と言える。今年度はこの研究の成果を投稿論文化、学術雑誌Geneticaに受理された。
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