本研究は、ホンヤドカリ属のオスでみられる配偶者選択について、「オスは配偶者選択時に、他個体との遭遇履歴を社会情報として利用している」という仮説と「オスは他個体との遭遇履歴を、その他個体に関する独自情報として利用している」という仮説を検証することを目的としている。なお、ここで社会情報とは、動物が他個体を観察して間接的に得た情報を指し、独自情報とは動物が自分で感知・経験して得た情報を指す。 平成27年度は、おもにガード中のオスの配偶者選択における他のオスの配偶行動の影響を野外で交尾前ガードペアだったテナガホンヤドカリで検証した。メスをガードしているオス(野外のペア)が別のメスあるいは別の交尾前ガードペアと遭遇したときの行動を比較した結果、オスは別のメスと遭遇した時よりも別のペアと遭遇した時のほうが高頻度で積極的に相手に接近する行動を示し、ガード中のオスが別のペアからメスを引き離す例が多く観察された。しかし、実験開始時にガードしていたメスから新たなメスに配偶相手を取り替える頻度は、別のメスに遭遇した時と同程度に低かった。この結果は、本種のオスがメスを評価する際に、メス自体の情報以外に、そのメスをガードしているオスがいるかどうかという社会情報も利用していることを示唆している。 研究期間を通して、ホンヤドカリ属3種のオスの配偶者選択における他個体との遭遇履歴の影響を検証する各種の実験をおこなった。その結果、過去の同性他個体・異性他個体との遭遇履歴だけでなく、現在の遭遇状況(遭遇時に自分がガード中か否か、相手がガード中か否か)もまたオスの配偶者選択に影響を与えることが明らかとなった。また、オスの行動には明瞭な種間変異があり、社会情報の利用の程度も種間で異なっていた。
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