イネの BSR1 遺伝子はセリン/スレオニン残基のみならず、チロシン残基をリン酸化する活性を有するタンパク質リン酸化酵素をコードし、イネで過剰発現すると強い複合病害抵抗性が付与される。本研究では、BSR1 のチロシンリン酸化 がイネの病害抵抗性で果たす役割や、BSR1 が関与するシグナル伝達の分子機構を解明することを目的とした。大腸菌でin vitro でリン酸化されるチロシン残基を MS 解析で同定するとともに、すべてのチロシン残基を置換し、チロシンリン酸化やスレオニンリン酸化への影響を明らかにした。GFP-BSR1融合タンパク質をイネ培養細胞で一過的に発現させると、細胞膜近傍に局在するが、タンパク質リン酸化活性を消失させた変異型 BSR1 (bsr1-KD) や、チロシンリン酸化部位の一つアラニンに置換した変異型 BSR1 (bsr1-my) を発現させるとこの局在性が失われた。bsr1-KD をイネで過剰発現させると、いもち病や白葉枯病抵抗性が付与されないが、bsr1-my をイネで過剰発現させた場合には、いもち病や白葉枯病抵抗性が部分的に付与されることを明らかにした。これらの結果は、BSR1 のもつタンパク質リン酸化活性が、イネ複合病害抵抗性付与に必須であること、チロシンリン酸化がBSR1の機能発揮に重要であることを示している。また、BSR1 過剰発現体イネでは、サリチル酸シグナル伝達経路で機能するWRKY45の転写が誘導されていたが、BSR1過剰発現イネでサリチル酸分解酵素の発現した系統やWRKY45の発現を抑制した系統では、BSR1 による複合病害抵抗性は影響されなかった。これらの結果から、サリチル酸シグナル伝達経路や WRKY45 は、BSR1 過剰発現体イネの複合病害抵抗性には関与しないことを明らかにした。
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