セルロースの構造は、結晶領域と非結晶領域に大別される。セルロース材料の物性は、非結晶領域中での分子凝集状態に起因する水素結合の影響を受けやすい。従って、セルロースからの新規材料創製、あるいは、既存材料の機能向上を図るにあたっては、セルロース分子が有する水酸基による分子間、分子内水素結合形成が非結晶領域の分子凝集状態に与える影響を詳細に把握する必要がある。しかし、純粋なセルロースでは、分子間、分子内水素結合が複雑に形成され、詳細に検討することができない。そこで、本課題では、水素結合形成が制御された2種類の位置選択的置換メチルセルロースを用いて、水素結合形成が異なる非結晶領域中での重水分子の拡散、即ち、重水素置換される水酸基のアクセシビリティから、非結晶領域の情報を得ることを目的としている。 当年度は、[1] 既報に則り、純粋なセルロースを用いて位置選択的置換6-O-メチルセルロース(6MC)の調製を行い、[2] 6MCから非結晶性フィルムを調製した後、このフィルムに、研究代表者が考案した気相重水素化二次元赤外法を適用し、水酸基に由来するバンドの減少に基づいて解析を行った。その結果、[1] に関しては、メチル基の導入が2800~3000cm-1の赤外スペクトル上にて確認された。[2] に関しては、3つの反応速度が得られたことから、少なくとも3種類の分子凝集状態の異なるドメインがフィルム中に存在することが示唆された。さらに、各ドメイン中にて主に重水素化された水素結合の波数の検出を試みたところ、3488cm-1が検出された。6MCは、C3位の水酸基と隣接するグルコース環の5位の酸素の間に分子内水素結合を形成することから、3488cm-1の水素結合は、この分子内水素結合に由来すると推察された。
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