昆虫の液性免疫機序のうち、微生物感染時の抗微生物ペプチド(AMP)産生応答は、昆虫の生体防御に大きな役割を果たしている。AMP産生応答の機序は、ショウジョウバエでたいへん詳しく記述されており、Toll経路およびIMD経路と呼ばれる免疫シグナル伝達経路があり、前者はグラム陽性菌と真菌、後者はグラム陽性菌の感染時にそれぞれの制御下にあるAMP遺伝子群が活性化するという特異性の高い応答をすることが示されている。他の昆虫種を用いた包括的な報告がなかったことにより、このショウジョウバエモデルは広く受け入れられていたが、我々はコクヌストモドキを用いた研究により、この種ではいずれの微生物種の感染時にもToll経路とIMD経路が同時に活性化されることを見出した。本研究ではこの知見をベースに、コクヌストモドキの免疫シグナル伝達経路を構成する種々の階層の遺伝子群を対象にRNA干渉を利用した網羅的な機能解析を行った。これによりコクヌストモドキのAMP産生応答の系をほぼ解明し、また、ショウジョウバエとは異なった幅広いスペクトラムの微生物特異性を持つ分子種をそれぞれの経路が微生物の検知に利用していることが、コクヌストモドキの、感染微生物種に関わらない経路の同時活性化の基盤であることを明らかにした。また当初研究計画にはなかったが、フェノール酸化酵素、さらに生物農薬としても期待される昆虫病原糸状菌を研究対象に組み入れ、最終年度では特に昆虫病原糸状菌について、その感染によりToll経路およびIMD経路がともに活性化されるが、感染防御にはIMD経路がずっと重要であるという、ショウジョウバエでの知見とは反対の結果を得た。さらにこの研究の過程で、バリア上皮の健全性が糸状菌の感染防御にはより重要であるという、これら生物的防除資材を実際に利用する場合に有用となる知見を得た。
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