研究実績の概要 |
最終年度の研究の成果:母性効果による休眠誘導においては,メス成虫が卵に行った“細工”によって次世代の細胞分裂が停止する.この機構を明らかにするため,細胞分裂や細胞増殖を誘導する分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)の発現とそのリン酸化レベルを調べた.その結果,休眠卵の胚発生停止時には細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)の発現とそのリン酸化が有意に低下していることが明らかになった.さらに,細胞分裂を制御するPCNA, cyclin D, cyclin Eの遺伝子発現を短日卵・長日卵で調べたところ,胚発生の停止が起こるよりも前にPCNAの発現が短日卵で抑制されていることがわかった.
上記に加え,研究期間全体を通じて,マダラスズにおいては,①概日時計遺伝子Clockが日長測定に関わること,②日長条件により母親の卵巣内での遺伝子発現に変化が起こること,③母性効果により卵の細胞分裂はG0/G1期で停止すること,④胚発生の停止に先立って細胞分裂の制御に関わる遺伝子の発現に有意な違いが見られることなどが明らかになった.また,キョウソヤドリコバチにおいては,⑤概日時計遺伝子periodが日長測定に関わること,⑥リン酸化ERKの発現が脳の発育停止よりも先立って起こること,⑦細胞周期制御遺伝子の発現は休眠で抑制されること,が明らかになった.
本研究の成果により,母性効果における休眠誘導おいては長日あるいは短日を受けた母親の概日時計における変化が,卵巣での遺伝子発現に変化をもたらし,これにより卵において細胞分裂の制御あるいは細胞周期の制御に関わる遺伝子発現が変化して,胚発生が停止することがわかった.このように,本研究はこれまで大きな謎であった「母性効果の分子基盤」の一端を明らかにした.今後は,RNAiなど遺伝子発現改変技術を用いて,この仮説を検証していく必要がある.
|