脳神経系では、多様な神経細胞がシナプスと呼ばれる細胞間接着構造を介して回路網を形成し、機能する。神経伝達物質の放出を担うプレシナプスには、膜融合分子やイオンチャネル分子などの機能分子群がCAZ(Cytomatrix at the Active Zone)と総称される特有のアダプター分子群を中心として、組織的に集積される。本研究では、遺伝学的解析手法に長けた無脊椎実験動物である線虫C. elegansを用い、セロトニン作動性のHSN神経細胞を主なモデルとしてプレシナプス形成分子機構の全体像の理解を試みている。これまで新たに、中核制御因子であるSYD-1の各ドメインの寄与、細胞間接着分子による抑制的制御、CAZ分子によるチャネル分子局在制御、を見出し、その作用機序を明らかにしてきた。 本年度は、チャネル局在制御に関わるアダプター分子群の包括的検証として定量性を向上させ対象遺伝子を拡大した遺伝学的相互作用解析を実施し、CAZ分子RIMB-1とUNC-10の関与の特異性を実証した。さらに接着分子による抑制的作用の下流分子機構に関してCAZ関連分子ELKS-1、UNC-10、RIMB-1、SAD-1等の関与を検討し、抑制作用がSYD-1・SYD-2によるプレシナプス形成中核経路とは別の補助的経路の機能に依存する可能性が確認された。 神経シナプスの基本的な構造や機能には線虫から高等動物まで多くの共通性が認められ、本研究で着目した線虫HSN神経細胞におけるプレシナプス形成関連分子は全て、ヒトにも保存されている。セロトニン作動性神経による脳機能調節は、気分障害をはじめとした精神疾患の病態に深く関わる。本研究の成果は、基礎神経科学的な見地からシナプス形成の分子機構理解に貢献するとともに、シナプス異常が関わる脳神経疾患の新規治療法開発の基盤的知見としても有用である。
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