研究実績の概要 |
昨年度に引き続き, システインおよび硫化水素の代謝に関与する遺伝子(cysJ, cysKおよびcysM)を破壊した大腸菌株の作製と, それらを宿主とした抗結核薬D-サイクロセリン(D-CS)の大量生産実験を行った。昨年度, 各遺伝子の単独破壊株の作製に成功したので, 本年度は, それらの二重および三重破壊株を作製した。得られた破壊株(7株)にD-CS生産用ベクターを導入し, D-CSの生産実験を行い, D-CSの生産性をHPLCにより解析した。その結果, 単独破壊株においてはD-CS生産性の向上は認められなかったものの(昨年度の報告を訂正), cysJおよびcysK二重破壊株において, D-CSの生産性の向上が認められた。また, D-CS生合成遺伝子に加え, D-CS排出膜タンパク質をコードする遺伝子を共発現させることにより, D-CS生産性をD-CS生産菌と同等まで上昇させることに成功した。 別の応用研究としては, 1)D-CS合成酵素DcsGを用いた環状D-アミノ酸の合成を行った。その結果, D-ホモシステインの環状化体を得ることに成功した。2)D-CS生合成遺伝子のうち, 中間体であるヒドロキシウレア(HU, 抗癌剤として使用されている)の合成に関与するdcsAおよびdcsB遺伝子を放線菌に導入し, HUの微生物変換系の構築を行った。その結果, 遺伝子導入体は得られたものの, アルギニンからHUへの微生物変換は認められなかった。 一方, 基礎研究としては, ヘムタンパク質DcsAの酵素学的解析を行った。その結果, 電子伝達系タンパク質(フェレドキシンおよびフェレドキシンレダクターゼ)に加え, NADPH再生酵素(グルコースデヒドロゲナーゼ)の存在下, DcsAはアルギニンの水酸化を触媒することを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は, 応用研究として, 以下の研究計画を立てた。1)大腸菌の染色体上に存在するcysJ, cysKおよびcysMについて, それらの二重, 三重破壊株を作製する。2)作製した遺伝子破壊株(昨年度作製した単独破壊株も含む)にD-CS生産用ベクターを導入し, D-CS生産実験を行う。3)D-CS合成酵素であるDcsGタンパク質を用いて, 環状D-アミノ酸の合成を行う。4)D-CS生合成遺伝子dcsAおよびdcsBを放線菌に導入することにより, 抗癌剤HUの微生物変換系の構築を行う。一方, 基礎研究としては, 以下の研究計画を立てた。1)D-CS生合成酵素であり, アルギニンの水酸化に関与すると示唆されているヘムタンパク質DcsAの酵素学的解析を行う。 本年度の応用研究の成果としては, cysJ, cysKおよびcysM遺伝子の二重および三重破壊大腸菌(合計4株)の作製に成功した。昨年度作製した単独破壊株(3株)に加え, 本年度作製した破壊株にD-CS生産用ベクターを導入した結果, cysJおよびcysK二重破壊株において, D-CSの生産性の向上が認められた。さらに, D-CS排出膜タンパク質をコードする遺伝子の共発現により, D-CS生産性をD-CS生産菌と同等まで上昇させることに成功した。また, DcsGタンパク質を用いて, D-ホモシステインを基質とし, その環状化体を合成させることに成功した。一方, 基礎研究の成果としては, ヘムタンパク質であるDcsAの機能解析を行った結果, 本タンパク質は電子伝達系タンパク質およびNADPH再生酵素の存在下, アルギニンの水酸化活性を示すこと明らかにした。 以上のことから, 放線菌を宿主としたアルギニンからHUへの微生物変換を達成できなかったこと以外, ほぼ概ね達成できたものと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
ほぼ概ね計画通りに研究が遂行されていることから, 推進方策について大きな変更はない。ただし, 本年度で計画していた放線菌を宿主としたHUの微生物変換系の構築については, dcsAおよびdcsB導入放線菌を作製したものの, アルギニンからHUへの微生物変換を達成することはできていない。本年度の基礎研究の成果により, DcsAの機能発現には, 電子伝達系タンパク質およびNADPH再生酵素の存在が重要であるとの知見を得た。そこで, 次年度の研究計画において, dcsA, dcsB, 電子伝達系タンパク質遺伝子およびNADPH再生酵素遺伝子を大腸菌に導入することによる, 大腸菌を宿主としたHUの微生物変換系の構築を追加する。その他の実験計画について変更はない。
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