Rasシグナルの破綻は、癌や形態形成異常などの疾患を引き起こす。しかし、Ras下流における、複数のシグナル経路の役割に関する理解は進んでいない。本研究では、野生型Rasのマウス生体での過剰発現が、Rasシグナルの増強と、それに伴う形態形成異常を引き起こすことを利用して、Ras下流シグナルの役割を明らかにすることを目的としている。具体的な研究実施計画は次の通りである。1) 野生型H-RasあるいはH-Rasイフェクタードメイン変異体をCre組換えに依存してコンディショナルに過剰発現するマウスを用いて、血管・リンパ管・皮膚の形成異常の有無や性状を比較する。2) in vitroの実験によって、分子レベルでのRas下流イフェクター経路の役割を明らかにする。
平成27年度では、皮膚表皮の形成異常を指標にした、Rasの下流シグナル経路の表皮細胞における役割の検討を進めた。変異型Rasの種類にかかわらず、胎生期から出生にかけての表皮および毛包の形成には異常が認められなかった。ところが、生後の発育に伴い、変異型Rasの種類によって異なる毛包間表皮および毛包の形態形成異常が認められた。表皮細胞の増殖、分化において、Raf経路、PI3キナーゼ経路、RalGEF経路がそれぞれ独自の役割を担っている可能性が示唆された。
研究期間内では、リンパ管内皮細胞におけるRas下流シグナルの役割に関する研究成果を査読有論文として公表することができた。Ras-Erk MAPキナーゼシグナル経路の活性化が、内皮間葉移行(Endothelial-to-Mesenchymal Transition: EndMT)を抑制し、リンパ管内皮細胞としての性質を維持する役割を果たすことを明らかにした。
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