研究課題
以前、当研究グループは、アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子改変法を用いて、不死化ヒト気管支上皮細胞株が持つ2本の野生型KRASアレルのうち1本を癌原性(活性型)KRASG12V変異アレルに置換し(変異ノックイン)、細胞クローン群を単離した。本研究では、同じ細胞株由来で2本の野生型KRASアレルを持つクローン群を対照として、単離したKRAS変異ノックインクローン群の表現型を様々なアッセイによって解析している。本年度はクローン群の網羅的プロテオーム解析を行った。まずクローン群を低濃度血清中で一定期間培養した後、タンパク質抽出・トリプシン消化・精製を行い、質量分析システムTripleTOF 5600(ABSciex社)を用いてタンパク質の発現解析を行った。その結果、KRAS変異ノックインクローン群におけるコラーゲンタンパク質およびコラーゲン合成を制御する酵素タンパク質の発現量が対照群に比べて有意に増加していた。以前のマイクロアレイおよび定量的RT-PCR解析においても同じサブタイプのコラーゲンがmRNAレベルで発現亢進していたので、今回の実験結果はその知見と合致するものと考えられた。また、mRNAレベルの検討では検出されなかったペントースリン酸経路(解糖系の分枝経路)に関与する特定の酵素タンパク質の発現量の増加がKRAS変異ノックインクローン群において認められた。以上のようなタンパク質量の増加はKRAS変異細胞の増殖能および浸潤能を正に制御する可能性があり、その発現または活性の阻害によりKRAS変異ノックイン細胞に見られる癌細胞様の特性を抑制できる可能性がある。これらの分子が創薬標的候補になりうるか否かさらなる検討が必要と考えられる。
2: おおむね順調に進展している
本年度の研究によりKRAS遺伝子変異の有無による細胞内タンパク質の発現変動を把握することができた。一部のデータはmRNAレベルでの発現変動と合致するものであったが、他のデータの中に新たな知見も認められ、今後解析を進めるべき創薬標的候補分子を得ることもできた。
本年度までのマイクロアレイ(および確認のための定量的RT-PCR)解析や網羅的プロテオーム解析により、KRAS変異ノックインの結果ヒト気管支上皮細胞株において発現量が増大する分子が同定された。また、既知の分子機能に鑑み、それらの分子の中からKRAS変異がもたらす癌細胞様の特性変化を媒介する下流分子の候補と考えられるものを絞り込んだ。今後、これらの分子の発現または活性の阻害によりKRAS変異細胞の増殖能・浸潤能を制御できるか否かを検討する方針である。
上記のとおり、本年度は細胞株クローン群のプロテオーム解析を行った。当初予定していた個々のKRAS下流シグナル媒介分子候補の解析は次年度に行う予定であるため、同解析に必要な経費を次年度使用額として移行することにした。
次年度、個々の解析対象の分子に対するRNA干渉用ベクターの作成および細胞クローンへのトランスフェクション、遺伝子ノックダウンクローンの単離、および単離したクローンの表現型解析を行う予定である。また、分子特異的阻害剤の添加による細胞クローンの特性変化の検討も行う。次年度使用額は、それらの実験に必要な分子生物学試薬、単層培養・軟寒天培地培養用の培地・血清・増殖因子、トランスフェクション試薬、MTT試薬、分子特異的阻害剤、ならびにディスポ器具(細胞培養用プレート・フラスコ・ディッシュ・チューブなど)の購入に充てる予定である。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (4件)
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