研究課題
鳥インフルエンザウイルスがヒト細胞に効率よく感染するためには、そのヘマグルチニン(HA)蛋白質のレセプター特異性が鳥型からヒト型に変化する必要がある。本年度はレセプター特異性に関わるアミノ酸変異が鳥ウイルス由来のHA蛋白質の膜融合活性に影響を与えるのかどうかを調べた。過去にパンデミックを引き起こした3種類のHA亜型(H1、H2及びH3)について解析した。H1亜型のHAは190番目と225番目のアミノ酸に、H2及びH3亜型のHAは226番目と228番目のアミノ酸に変異が入ると、レセプター特異性が変わる。これら変異を入れたHA蛋白質を発現する細胞を作出した。HA発現細胞を弱酸性液で処理するとHAの膜融合活性によって細胞同士が融合して、多核巨細胞が形成される。変異HA発現細胞と野生型HA発現細胞との間で、多核巨細胞の形成に必要な酸性pH値に違いがあるのかどうかを調べた。1)H1亜型:野生型のHAを発現する細胞では、pH5.4以下から多核巨細胞の形成が観察された。一方、ヒト型レセプターを認識する変異HAを発現する細胞では、pH5.5以下から多核巨細胞の形成が観察された。2)H2亜型:H1亜型と同様の成績が得られた。3)H3亜型:野生型HA発現細胞ではpH5.5以下から多核巨細胞の形成が観察され、変異HA発現細胞ではpH5.6以下から多核巨細胞の形成が観察された。解析した3種類のHA亜型においては、変異HA蛋白質が膜融合を惹起するのに必要なpH値は、野生型HA蛋白質のそれとほぼ同じであることがわかった。以上の成績は、ヒト型レセプターとの結合に必要な変異を入れたH1、H2及びH3亜型の鳥ウイルスHA蛋白質は、pHなどの化学的環境変化に対して野生型HA蛋白質と同程度の安定性を持っていることを示唆している。
3: やや遅れている
平成26年度は、ヒト型レセプターを認識するのに必要なアミノ酸変異が鳥インフルエンザウイルス由来のヘマグルチニン(HA)蛋白質の機能に影響するのかどうかを調べた。当初の計画通り、ヒト型レセプターを認識するのに必要なアミノ酸変異を導入したH1、H2およびH3亜型の各鳥インフルエンザウイルス由来のHA蛋白質を発現する細胞を作出した。これら発現細胞を用いて、変異HA蛋白質の熱に対する構造安定性ならびに膜融合活性を解析し、野生型HA蛋白質の性状と比較する予定であったが、HA蛋白質発現細胞そのものが40℃から50℃の熱によって容易に変性してしまうことが判明したため、HA蛋白質の構造安定性の解析には至らなかった。一方、当該年度に予定していた変異HA蛋白質の膜融合活性については、その評価がほぼ完了し、レセプター特異性を変換させる変異は、H1、H2およびH3亜型の鳥ウイルス由来のHA蛋白質の膜融合活性に影響しないことが示唆された。
平成27年度は、レセプター特異性に関わる変異が鳥インフルエンザウイルス由来ヘマグルチニン(HA)蛋白質の熱に対する構造安定性に影響するのかどうかを調べる。ヒト型レセプター結合能力を付与された鳥インフルエンザウイルスは哺乳類に感染する可能性があることから、感染性のあるウイルス粒子を用いてHA蛋白質の構造安定性を解析するには、バイオセーフティレベル3(BSL3)実験室などの封じ込め実験室が必要である。研究代表者が所属する岩手大学は、その実験設備を持たないことから、ウイルス粒子を用いて性状解析を行うことができなかった。そのため平成26年度は、バイオセーフティ上の観点から、発現細胞を用いて変異HA蛋白質の性状解析を進めたが、良好な成績は得られなかった。平成27年度は、他機関(東京大学医科学研究所)のBSL3実験施設を利用して、ヒト型レセプターに結合する変異鳥インフルエンザウイルスを人工的に作出する。その変異ウイルスをイヌ腎臓由来のMDCK細胞を用いて培養した後、ショ糖クッション遠心法により精製する。構造が変化(変性)したHA蛋白質は赤血球凝集(HA)活性を失う。精製ウイルス粒子を所定の時間(15分間、30分間、60分間、120分間、180分間、240分間)と温度(45~50℃)で処理した後、HA活性を測定することにより、変異HA蛋白質の熱に対する構造安定性を評価する。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 2件)
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