研究実績の概要 |
甲状腺ホルモンは,頸部圧迫による直接的な甲状腺への物理的刺激の指標となる可能性が示唆されているが,死体血におけるこれまでの検討では,頸部圧迫に伴うサイログロブリン(Tg) やトリヨードサイロニン(T3) の上昇は認められるものの,サイロキシン (T4) や甲状腺刺激ホルモン (TSH) についてはほぼ正常範囲内にとどまるとされている.一方,窒息死以外の頭部外傷例においてもTgが上昇,TSHは低下することなどが報告され,死亡時の甲状腺関連ホルモンは視床下部中枢による制御ではなく,変則性の分泌であると結論づけられている.そこで,申請者らは,当教室剖検例のうち,窒息関連病態である急性窒息死例(縊死,絞頸,扼頸),その他の窒息死(鼻口閉塞,吐物吸引など),頭部損傷急死例,頭部外傷遷延死例,その他の損傷死例,火災死,溺死および急性心臓死を対照として,左・右心臓内血液,総腸骨静脈血について甲状腺関連ホルモン(T3,T4,Tg,TSH)の測定を施行した.その結果,T3およびT4は,いずれの部位においても窒息死例・その他の窒息死例および急性頭部外傷例で高値を示した.一方,窒息関連病態である溺死や火災死では低値を示し,さらに急性心臓死においても低値を示した.Tgにおける死因間の差は認められなかった.その他の窒息死例における死因間の甲状腺ホルモンの差は認められなかった.また,それらT3およびT4の変化は,TSHとの関連は認められないことから,甲状腺ホルモンの上昇は,頸部圧迫などによる甲状腺への物理的刺激による分泌や視床下部-下垂体-甲状腺軸によるホルモンの調節,さらには死後変化などによるものではなく,低酸素・虚血状態に伴い甲状腺ホルモンが変化しているものと推測された.病理組織学的には,甲状腺ホルモン上昇において,甲状腺濾胞細胞の崩壊が確認され,低酸素に伴う病理組織学的変化と甲状腺ホルモンとの関与も推測された.
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