アルツハイマー病(AD)の脳において、アミロイドβペプチド(Aβ)の産生プロテアーゼであるβセクレターゼ(BACE1) の増加が認められている。この異常とAβの関連性を解明するための研究を主体に実施した。まず、ラット初代培養大脳皮質神経細胞を、比較的低濃度のAβ42(オリゴマー、フィブリル)で、長時間(2-3日間)処理する実験系を樹立した。この系において、Aβオリゴマー処理により、内因性BACE1タンパク発現が有意に増加するが、アミロイド前駆体タンパク(APP)、αセクレターゼ(ADAM10)のレベルは変化しないこと、BACE1のmRNAレベルに有意な変化がないこと、アデノウイルスベクターで発現させた外因性BACE1のレベルも同様に増加することが判明した。従って、Aβオリゴマーは翻訳後レベルの調節を介してBACE1発現亢進を引き起こすと考えられた。次いで、その機序に関して、免疫細胞化学的検討の結果、AβオリゴマーによりBACE1の神経突起内蓄積が起こることが推定された。さらに、AβオリゴマーはAPPのアミロイド産生性プロセシングの増加を引き起こすことが示唆された。以上から、Aβオリゴマー刺激により、BACE1の増加を介して、Aβ産生の増幅が起こること、この悪循環がAD病態に関与していることが示唆される。一方、Aβオリゴマーによる神経細胞障害に関して、典型的な小胞体ストレス反応ではないこと、タウの異常リン酸化及びカスパーゼ切断の増加を伴うことなどが示唆された。Aβによる神経細胞障害の保護作用を持つ物質の探索的研究も実施した。 また、Reticulon 3 (RTN3)と呼ばれる膜タンパクがBACE1機能を抑制することが知られている。RTN3の神経防御的効果を、モデルマウスを用いて検証するため、APPトランスジェニック(Tg)マウス、RTN3 TgマウスからダブルTgマウスを作出して、バーンズ迷路試験などの行動試験を実施したが、明確な結論を得るには至っていない。
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