研究課題
血友病Aの遺伝子治療に向けた基礎的検討として,凝固第Ⅷ因子の遺伝子をAAVベクターを用いて発現させることを目指している.凝固第Ⅷ因子の遺伝子は全長で約9kbあることから,そのままではAAVベクターに搭載することはできない.解決法としては重鎖と軽鎖を別々のベクターに搭載し,両者を共感染させて発現を期待する方法と,Bドメインを除いたいわゆるBDDタイプの遺伝子(4.4kb)を用いて単一のベクターで遺伝子導入を用いる方法の2つが考えられる.本研究では前年度に引き続き単一のベクターで効果を検討することを優先した.本研究はAAV8を元にしたベクターを用いて肝臓への遺伝子導入を図るアプローチであることから,肝臓における効果が期待でき,しかも短いプロモーターを用いることが望ましい.この点を比較検討したところ,BDD型の遺伝子に肝臓特異的なプロモーターを短縮して組み合わせたベクターが好適と考えられ,in vitro ののみならずマウスを用いた検討でも凝固第Ⅷ因子の活性が得られた.AAVベクターの作製効率に関しては,ベクター長との関連が大まかに知られており,ベクターの全長が野生型に相当する4.7kbを超えた場合,作製効率が低下する傾向があることが知られている.但し,その程度や血清型による違いなどは充分明らかにされていない.今回検討した中では5.0kb程度のベクター長を持つものが最良と考えられたが,その作製効率は野生型相当の長さを持つものに比べてやや低下するものの,実際に使用する量を準備可能であることが判明した.
2: おおむね順調に進展している
当初の計画と照らし合わせてみると,総合的には概ね目標は達成できたと考えている.本研究の最終目的は血友病Aに対する遺伝子治療の臨床応用となるが,そこに至るまでにはさまざまな技術的課題があるものと思われる.幸いこれまでに凝固第Ⅷ因子を用いたベクターを構築し,発現を確認することができた.この点は本研究の基礎をなすものであり,重要な拠点といえる.このためには様々な測定系を含む研究インフラの整備が必要であり,このような準備を終えることができたことから,今後は探索するべき条件の検討に集中することが可能となった.一方で,ベクター長と作製効率の関係に関してはまだ探索を行う余地が残されており,今後類似した長さのベクター作製に際して,血清型による違いも含め,検討していく必要がある.また,2つのベクターを用いる方法に関しては計画に比べて検討が進んでいない.これは単一のベクターを用いる方法で一定の効果が認められたために,この方法による検討を優先した結果であり,やむを得ないものと思われるが,今後単一のベクターでは充分な結果が得られないとする結論が得られた場合には再度条件検討に戻る必要がある.幸い血友病Bに対する遺伝子治療は既に臨床研究が進められており,肝臓を標的とすること,そのために現有のベクターでは8型が最も有効と考えられること,ベクターの必要量が概ね判明していることなどが先行例として参考となることから,これらの情報を上手に活用して効率的に研究を遂行していきたい.
これまでに調製したベクターを中心としてin vivoにおける効果を検討する.マウスでは既に充分な効果が認められているが.今後はサルにおける検討も含めてヒトに対する臨床研究に近づくための検討を進めていくことになる.もちろん臨床応用に至るにはさまざまな周辺環境も整える必要があり,本研究ではベクターの改良に焦点を当てて進めていくことになる.サルにおいて発現のレベルが期待に達していない場合には,発現を高めるための方策を改めてさまざまに講ずることになる.すなわち,より高い発現を得るためのプロモーターに関する再探索,ベクター長と作製効率に関するデータなどを地道に重ねていくことになる.さまざまな工夫によっても充分な効果が得られなかった場合には,もう1つのアプローチである凝固第Ⅷ因子遺伝子を2つのベクターに分けて遺伝子導入を行う方法に関して探索を進めていく予定である.なお,今回の計画を立案した後の進歩として,ヒト肝臓に対して8型以上に効果の見られるベクター開発の試みが報告され (Nature 506:382-6,2014),ヒトの肝臓への遺伝子導入に一層適したベクターを新たに開発しようとする気運が高まっている.本研究では新規血清型ベクターの開発までは手が回らないものの,これまでに培ってきた人脈を活用してこのような進歩を随時取り込み,血友病Bで得られたように効果の高い治療法の開発に繋がるよう留意していきたい.
単一のベクターを用いる実験で多くの成果を得ることができたことから,ベクター作製関連の費用が少なくて済んだため.
次年度は動物を用いた検討が増えることが見込まれており,このために充当する予定である.
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