研究課題
(1)研究目的:脊髄性筋萎縮症(SMA)は、SMN1遺伝子欠失によって引き起こされる小児期遺伝性運動ニューロン病である。SMAには、これまでのところ有効な治療法がないとされてきた。最近、SMN蛋白が細胞内シグナル伝達経路と共役して細胞機能(細胞骨格ダイナミクス等)を制御していることも明らかにされつつある。そこで、研究者らは、細胞内シグナル伝達経路を標的とし、SMN蛋白低下に基づく細胞機能異常を修正する治療を考案するに至った。(2)研究計画:初年度は、「交感神経β2受容体作動薬(β2-adrenergic agonist)であるサルブタモールが、交感神経β2受容体(β-adrenergic receptor)下流の細胞内シグナル伝達経路を通じて、SMN2遺伝子の発現に与える効果」の有無を検証した。次年度(2014年度)は、交感神経β2受容体下流の細胞内シグナル伝達経路がどのような細胞活動につながっているのかを明らかにするために、SMN2遺伝子の転写、SMN蛋白の分解について検討した。(3)研究結果:SMA患者由来線維芽細胞にサルブタモールを投与したところ、投与後1時間以内にSMN2遺伝子由来の全長型転写産物の増加はほぼ終了することを見出した。このため、サルブタモール投与後8時間以降に認められたSMN蛋白の増加に関して、SMN2遺伝子の転写以外の機序が考えられた。そこで、サルブタモールとともに脱ユビキチン化阻害剤(PR-619)を投与したところ、サルブタモールによるSMN蛋白の増加は抑制された。(4)結論:交感神経β2受容体下流の細胞内シグナル伝達経路は、ユビキチン化阻害に関与し、その結果、SMN蛋白の増加がもたらされることが明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
SMA患者由来線維芽細胞にサルブタモールを投与したところ、SMN蛋白が増加した。これは、Angeloziらの報告(J Med Genet 2008;45:29-31)と一致し、現在ヨーロッパで行われているサルブタモール治験を支持するデータである。初年度は、サルブタモールとともに交感神経β2受容体下流のPKAを阻害する[PKA Inhibitor 14-22 Amide, Cell-Permeable, Myristoylated]を投与したところ、サルブタモールによるSMN蛋白の増加は抑制された。そこで、サルブタモールによるSMN蛋白増加も、PKAが関与する反応であることが明らかになった。それでは「交感神経β2受容体下流の細胞内シグナル伝達経路は、どのような細胞活動につながっているのか」ということが問題になる。次年度は、そのことを明らかにする目的で、SMN2遺伝子の転写とSMN蛋白の分解について検討した。なかでもSMN蛋白の分解については、興味深い知見が得られた。すなわち、サルブタモールとともに脱ユビキチン化阻害剤(PR-619)を投与したところ、サルブタモールによるSMN蛋白の増加は抑制されたのである。このことより、交感神経β2受容体下流の細胞内シグナル伝達経路は、ユビキチン化阻害に関与していることが明らかになった。私たちの研究はサルブタモールによるSMN蛋白増加およびその機序に関してすでに非常に明瞭な結果が得られていて、「研究はおおむね順調に進展している」と考えて良いと思われる。
初年度の研究で、交感神経β2受容体下流の細胞内シグナル伝達経路は、サルブタモール投与時のSMN蛋白増加に関与していることが明らかになった。そして、次年度は、その機序として、(1)SMN2遺伝子由来の全長型転写産物増加のほかに、(2)ユビキチン化の阻害がSMN蛋白増加に関与していることが明らかになった。このうち、(2)の可能性については、これまで誰も言及しなかったものである。また、交感神経β2受容体下流の細胞内シグナル伝達経路がユビキチン経路につながっていたこともほとんど知られていなかった知見である。SMAには、上述したように、これまでのところ有効な治療法がないとされてきた。最近、「患者細胞に残存するSMN2遺伝子の発現を活性化し、SMN蛋白を増加させる治療戦略」が提唱され、バルプロ酸などのヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(HDAC阻害剤)が使用されるようになった。しかし、HDAC阻害剤の効果は限定的である。私たちは、この交感神経β2受容体作動薬のSMN蛋白のユビキチン化阻害効果について確認実験をおこなった後、HDAC阻害剤以外のSMA治療戦略の可能性について検討していきたいと考えている。
実験試薬の入荷が遅れることが明らかになり、年度内の支払いが困難になった。それで、次年度に入ってから注文し、試薬到着後に支払うことにした。
次年度早々に(4月中に)試薬注文を行う計画である。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (4件)
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