うつ病の患者では食欲が低下し、体重が減少することが知られている。「何を食べても砂をかむようでおいしくない」といった訴えが珍しくなく、味覚・嗅覚機能の異常を来している可能性を検証するために本研究を実施した。 研究計画を説明した上で同意の得られたうつ病患者さんに、通常の嗅覚検査および新規のカード式嗅覚同定検査法を用いて嗅覚検査を実施したところ、ほぼ全例で嗅覚機能は正常であり、functional MRIにより中枢性の嗅覚情報処理機能を検索すべき症例が得られなかった。 しかしながら、同様に抗うつ剤で治療を受けている「パニック障害」の患者さんでは全例で嗅覚は本人の自覚のないままに過敏であることが明らかになった。検査法としてはカード式嗅覚同定検査の正解点数が、年齢・性をマッチさせた例と比較し有意にすぐれており、また基準嗅力検査法として実施されるT&Tオルファクトメトリーでは、5種すべての嗅素に対し、著しく低い検知域値・認知域値を示したため、さらに嗅素の溶液を10倍、100倍希釈して閾値を測定したところ、それでも検知・認知できるほどの嗅覚であることがわかった。これらの症例では、いずれも「におい」をきっかけとしてパニック発作を経験したことがなかったが、「パニック障害」患者では扁桃体の活性が高いことが報告されており、中枢性に嗅覚が過敏であると推測された。 以上より、「うつ病」に限らず、各種精神神経疾患で今後さらに嗅覚機能を検査することが、診断・治療の重要な情報を提供する可能性が示唆された。
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