研究課題
癌の放射線治療では、炭素線治療等新しい技術開発により高い局所制御が得られるようになってきた。さらに生存率の改善に繋げていくためには、放射線治療と併用可能な転移抑制法の開発が必要である。我々はこれまでにX線や炭素線照射によって浸潤能が上昇する癌細胞株を見出し、そのメカニズムを解析してきた。放射線誘導浸潤には複数の経路があり、経路の一つを阻害しても他の経路が働き、浸潤が完全に抑制できない場合もある。そこで本課題では、メタボローム解析の導入により、新たに代謝産物の包括的な分析を行い、放射線誘導浸潤癌細胞に特徴的な初期応答経路を解明することを目的とした。これまでに、炭素線照射群、非照射群共に、浸潤細胞群では、解糖系のATP産生に関わる中間代謝物質量が上昇していることを見いだした。浸潤細胞のエネルギーチャージ率からも、浸潤細胞群では、ATP産生の代謝経路が活性化していることが示唆された。また、PANC-1では、一酸化窒素合成酵素(NOS)の発現が高く一酸化窒素(NO)の産生量も顕著に高い事を見いだした。さらに、NOSの阻害剤でPANC-1を処理すると、炭素線照射後の浸潤を抑制できることを見出した。そこで、平成26年度(課題二年目)はNOの産生で必須となるアルギニンの産生量をメタボロームデータから解析してみたところ、照射を受けたPANC-1細胞群では、非照射群に比べアルギニン生産量が上昇していることが分かった。したがって、PANC-1の浸潤には、NO産生に関わる代謝経路が重要であること、NOSの阻害剤が照射後浸潤能の抑制に有効であることが、メタボローム解析により支持された。
2: おおむね順調に進展している
今年度は、昨年度からの続きとして炭素線応答代謝経路をさらに解析し、「平成26年度以降の研究計画」である、①浸潤特異的な代謝経路で活性化または抑制されている酵素の同定、として以下の研究成果を得た。PANC-1の浸潤細胞は、解糖系のATP産生に関わる中間代謝物質である3-ホスホ グリセリン酸(3PG)とホスホエノールピルビン酸(PEP)の産生量が上昇していることを見いだした。3PGは ホスホグリセリン酸キナーゼ (PGK)により産生され、PEPは ホスホピルビン酸ヒドラターゼ (Enolase)により産生される。PGKの発現量は、通常培養細胞群と浸潤細胞群では変化していなかったことから、PGKおよびEnolaseのタンパク質レベルでの活性化が浸潤細胞特異的に起こっていると考えられた。また、PANC-1浸潤細胞のもう1つの特徴として、浸潤細胞ではNOが高産生されていることを観察した。一酸化窒素合成酵素(NOS)の阻害剤を用いると、PANC-1の浸潤能が抑制されることから、PANC-1の浸潤においてNOの産生は重要である。メタボローム解析の結果は、炭素線照射を受けたPANC-1細胞では、アルギニンの産生量が上昇することを示した。アルギニンはNOの基質でありNO産生において必須となるアミノ酸である。これらの結果から、PANC-1の炭素線照射後の浸潤上昇にはNO産生が重要であり、アルギニン産生が亢進している可能性が考えられた。したがって、アルギニン産生に関与する代謝酵素群も浸潤細胞では活性化されていることが予想された。以上の結果から、ほぼ当初の研究計画通りに進展していると判断した。
これまでの研究により、PANC-1浸潤細胞では、PGK、Enolase、またアルギニン産生に関わる酵素群の関与が示唆された。したがって、次のステップ 「②浸潤特異的な酵素活性の抑制法」に繋げるため、これら酵素の阻害剤やsiRNAを用いて、浸潤が抑制されるか検討する。また、PANC-1以外の細胞株についても、同様の代謝経路が活性化しているか、それとも異なっているか解析する。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち招待講演 1件) 備考 (1件)
International Journal of Radiation Oncology Biology Physics
巻: 未確定 ページ: 未確定
10.1016/j.ijrobp.2015.05.009
FEBS Letters
巻: 588 ページ: 3240-3250
10.1016/j.febslet.2014.07.006
http://133.63.22.22/radgenomics/index.php