がん細胞の増殖速度と腫瘍血管の形成速度とのアンバランスから悪性腫瘍の内部には、十分な酸素が供給されない低酸素領域が生じる(慢性低酸素)。がん組織では低酸素環境の存在により、低酸素誘導因子(Hypoxia-inducible factor-1α、HIF-1α)の発現が亢進している。近年、糖尿病神経症に伴う疼痛発症の細胞内分子メカニズムとして、末梢組織の低酸素状態によりHIF-1αが活性化され、タンパク質リン酸化酵素(PKC)の活性化を介してカプサイシン受容体(TRPV1)機能亢進することが明らかになった。本研究では、がんモデル動物を用いて疼痛発症時におけるHIF-1αの活性化、TRPV1受容体機能亢進、疼痛の連関を明らかにすることを目指した。溶骨性がんモデル動物、HIF-1αノックダウンマウス(HIF-KD)、TRPV1ノックダウンマウス(TRPV1-KD)を用いて、がん性疼痛と神経細胞のHIF-1α活性、TRPV1受容体機能との関連について分子病態解析などにより明らかにすることが目標であった。しかし、溶骨性がんモデル動物の作成が困難であった。そこで、がん性疼痛時に脳内で放出され中脳辺縁ドパミン神経に作用し、その働きを抑制的に調節することが知られる内因性オピオイドの一種であるダイノルフィンの脳内代謝メカニズムとがん性疼痛メカニズムに関して検討を行った。その結果、脳室内に多量のダイノルフィン投与により神経毒性が生じるが、少量では鎮痛作用を示すことが明らかとなった。
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