当院で治療した唾液腺癌症例の臨床検体を用いて免疫組織染色法にて発現タンパク質を解析したところ、EGFRは76%、HER2は20%、c-KITは38%で陽性であった。これらの発現と生存率との関係を検討したところHER2陽性例が有意に予後不良であった。(陽性例の5年粗生存率33.3%、陰性例では83.3%、p<0.01)さらにHER2陽性例の臨床背景を検討したところ、高齢者に有意に多く、Tステージの進行例に多くみられた。 この結果より、HER2が唾液腺癌の増殖に関与している可能性が高いと考えられたため、HER2の下流シグナルに関して解析を行った。その結果、HER2陽性例の80%でp-Akt陽性、100%p-mTOR陽性であり、HER2の下流シグナルであるPI3K経路の活性化を認めた。一方、HER2陰性例でもPI3K経路の活性化を認めている症例もあり、その理由としてHER2以外からのシグナル活性や、PIK3CA遺伝子の変異、PTEN遺伝子の欠失などが考えられた。事実、PTEN陰性はHER2陰性例の60%に認めており、HER2陽性では認めなかった。さらに、PTEN陰性例は陽性例に比較し予後不良であった。(陽性例の5年粗生存率39.7%、陰性例では0%、p=0.042) また、HER2は唾液腺導管癌に多く発現していたが、de novoに比べ多形腺腫由来癌で多く認めた。このことから、良性腫瘍である多形腺腫からの発癌メカニズムにHER2が強く関与していることが示唆された。 これらの研究結果から、唾液腺癌の発癌や増殖、また予後に深く関わるHER2を標的とした薬物治療の開発を検討した。既にHER2陽性の乳癌や胃癌で臨床応用されている抗HER2抗体トラスツズマブと抗がん剤のドセタキセル併用薬物療法による第2相臨床試験を計画し、現在進行中である。対象は再発転移のHER2陽性唾液腺癌で、トラスツズマブ+ドセタキセルを最大8コース施行し、主要評価項目を奏功率である。この臨床試験により良好な治療効果が得られた場合は、トラスツズマブの保険適応の拡大申請を予定している。
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