現代では看護の対象を生活者として捉え、病院看護と家庭看護の連携が求められている。本研究は日本の医療史の中に病院看護と家庭看護の源流を探ることを目的とする。 1874年、医学雑誌の付録として掲載された『看病心得草』は、わが国最初の近代翻訳看護書とされている。入手した原著との比較を行った。翻訳書は原著に忠実かつ平易な表現で翻訳され、医師だけでなく一般の女性に対しても理解を促すための工夫がみられた。また、1832年出版の近世看護書との比較を行った。漢方医による往診が行われていた江戸後期には、既に看護の必要性の認識があり、その後の近代看護の受容・発展の一要素となっていたことが考えられた。
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