ユネスコ世界遺産条約に登録されている世界遺産は2016年現在、ユネスコ加盟191か国のうちの163か国に点在し、その中の31件は2か国以上にまたがって登録されている、いわゆるtrans boundaryな世界遺産である。文化遺産802、自然遺産197、文化、自然両者の特質を併せ持つ複合遺産32で総計1031に及ぶが、それらのうち48件が危機遺産に分類されている。さらにこの他に一度リストに登載されたものの管理その他に問題ありとされて数年間危機遺産に位置づけられ、結局改善がみられなかったために削除されたサイトが現在2件存在する。他方現在ユネスコ世界遺産委員会が直面する重要課題は加盟国による際限のない世界遺産登録申請、種々の都市マネジメントと文化遺産保存との整合性をいかに維持するかといった問題である。 特に後者の問題に関して、いわゆる観光大国フランスがいかに対処しているかを考察するための準備作業として前年度に引き続き、①現在も毎年夏の音楽祭会場となっている世界遺産、ローマ時代の古代劇場を有するプロヴァンス地方の小都市オランジュ、②イール川とその運河が作る三角洲内の世界遺産に加えて普仏戦争以後ドイツによって開発された地域も含めた世界遺産の拡大認定を望むストラスブール、③パリに対抗する大都市であり戦禍にあっていないために多くの文化遺産が残っているボルドー、④パリに次ぐ人口稠密地域の中に世界遺産登録された歴史地区を持つリヨンについてのフィールド調査を実施、日本の都市政策と文化遺産保存の問題を考える上で有益と思われるフランス側の政策、地域住民の参加を得た観光政策の推進について知見を得ることができ、その結果の一部を雑誌論文の形で発表することができた(松本慎二・内海麻利『フランスの世界遺産保全政策と都市マネジメント』上・下「自治実務セミナー」2015年10月号および12月号)。
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