社会保障は家族による高齢者の扶養の必要性を低下させることを通じて,親と子の居住地に影響を与える可能性がある.本研究の目的は,家族の居住地選択のメカニズムを解明し,公的年金が居住地に与える影響を分析することである. 昨年度までは,子が一人の家族に関する分析を行ってきたが,当該年度においては,子が二人の家族を考え,各々の子の居住地選択を検討した.子が複数いる場合には,居住地選択に関して子の間にインタラクションが発生する.すなわち,1人が親と同居するか近隣に住み,もう1人が遠隔地に住んでいるとすれば,親へのアテンションの多くを提供するのは前者になるため,兄弟を親の近くに住まわせて,自分はより遠くに住みたい,という誘因が働く. 本研究の最大の特徴は,戦略的動機に基づく親から子への遺産を考慮した点である.すなわち,親は子により多くのアテンションを提供させるために,遺産を用いて子の居住地を操作しようとする.具体的には以下のタイミングのゲームを考えた.(1)親が遺産額を決定する.(2)親が長子に居住地を遺産配分比率に関連付けた遺産ルールを提示する.(3)長子がそれを受諾するか拒否するかを決定する.(4)長子が遺産ルールを拒否した場合,長子は居住地を自ら選択する.(4’)長子が遺産ルールを受託した場合,次子は自ら居住地を選択する.(5)親が次子に遺産ルールを提示する.(6)次子がそれを受諾するか拒否するかを決定する.(7)次子が拒否した場合,遺産は均等相続され,次子は居住地を選択する.(8)居住地に応じて各々の子のアテンションが決定される.結果としては,均衡条件に関するより精緻な分析が残されているものの,親の遺産とアテンションに関する選好および長子の参加制約条件の性質如何によって,長子が親と同居ないし近隣に居住する均衡と次子が親と同居ないし近隣に居住する均衡のいずれかが生じる可能性がある.
|