海洋には溶存有機物が普遍的に存在し、地球表層における巨大な炭素プールを構成する。海洋溶存有機物の90%は難分解性成分により構成されるため、難分解性成分が海洋溶存有機物プールの消長を決定する。従って、難分解性溶存有機物の生成・維持機構に関する知見の集積は急務の課題である。近年、海洋細菌が難分解性溶存有機物を生成し、海洋内部に長期間炭素を隔離する概念として、微生物炭素ポンプが提唱された。一方、海洋には普遍的に古細菌が存在し、その存在数は海洋細菌と同等である事が明らかとなっている。すなわち、海洋細菌由来難分解性成分と同様に古細菌由来の難分解性成分が海洋溶存有機物中に普遍的に存在する可能性がある。しかし、現在のところ、古細菌由来の溶存有機物は検出されていない。そこで、本申請研究では、海洋溶存有機物から古細菌特有の細胞膜構成脂質であるグリセロール・ジアルキル・グリセロール・テトラエーテル(GDGTs)を検出する事を目的とした。 西部北太平洋および太平洋側北極海の表層5 mから深層3000 mまでの間で採取された海水試料を本申請研究に用いた。海水試料は濾過後、固相抽出法により溶存有機物を濃縮した。濃縮試料を抽出・精製し、GDGTsは高速液体クロマトグラフ-質量分析計を用いて同定および定量した。 西部北太平洋および太平洋側北極海の表層から深層におけるほとんどの溶存有機物試料から微量ではあるがGDGTsが検出された。すなわち、本申請研究成果により、古細菌の膜脂質構成成分は海洋溶存有機物画分に普遍的に存在する事が考えられた。海洋溶存有機物画分中におけるGDGTs の存在は、GDGTs以外の古細菌由来成分が海洋溶存有機物中に存在する可能性を示す。今後、GDGTs以外の古細菌由来成分を海洋溶存有機物画分から検出する事により、微生物炭素ポンプへの海洋古細菌の重要性を評価できる事が期待される。
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