カナダでなぜ脳神経倫理学が発展し、世界トップの地位を占めるに至ったのか、理由を解明し、日本の脳神経倫理学の発展とガバナンスに資する要素を抽出するのが目的である。カナダでの聴き取り調査および文献調査は平成27年度までで一段落したので、平成28年度は比較対象のために日本と似た文化的社会的状況にある中国、韓国、台湾の状況についての予備的調査をおこなった。前提となる仮説として、東アジア地域に特有の西洋文化圏とは異なる自然観や生命観、あるいは思想や心身関係イメージなどが影響して、脳神経科学の科学的成果と社会との関係が形成されている可能性があり、それを踏まえた上での脳神経倫理学のガバナンスを考える必要があると考えた。東アジア特有の自然観としては、人は自然の一部であり、人類と自然を連続したものとして捉える見方や、全体論的・調和論的な自然観などがあげられる。過去の科学史的事例の中には、実際、これらの自然観が作用したことで、西洋自然科学とは異なる科学的動態が見られた事例がある(ダーウィン進化論の受容や霊長類学の発展など)。また、地球環境問題を論ずる新たな視点として注目を集めている「アンスロポセン(人新世)」の概念についても、東アジア特有の自然観からすればむしろ新しい見方ではなく、それがアンスロポセン概念が東アジア諸国でさほどの注目を集めていない現象の原因になっている可能性が考えられる。脳神経科学そのものにこれらの自然観がどのように影響したかは不明であるが、現在社会的にも注目されている人工知能やロボットなども視野に入れつつ論じることが必要であると言える。科学技術と社会との関係は、文化的影響によってさまざまな形態がありうる。現在のところこの関係については西洋文明の枠組みからの理論や展望が主流であるが、日本を含めた東アジアからの情報発信も必要不可欠である。
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