研究課題/領域番号 |
25560136
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研究機関 | 京都工芸繊維大学 |
研究代表者 |
佐々木 良子 京都工芸繊維大学, 学内共同利用施設等, 研究員 (00423062)
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研究分担者 |
佐々木 健 京都工芸繊維大学, 工芸科学研究科, 准教授 (20205842)
吉田 直人 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所, その他部局等, 研究員 (80370998)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 蛍光寿命 / 時間分解蛍光スペクトル / 黄檗 / 文化財 |
研究実績の概要 |
蛍光寿命は周辺環境が同じ条件で物質固有の値を示し,蛍光スペクトルの発光・励起波長に加えて第三のパラメータとして蛍光性染料などの非破壊的・非接触的な同定手法として用いることができる。また,周辺環境により微妙に変化するため有機・高分子材料に含まれる蛍光性物質からの蛍光発光に対してこの寿命の測定を行うことで,その有機材料そのものの物理的状態を非破壊的に数値化することが可能である。本研究では,蛍光寿命測定を新たな非破壊分析手法として文化財分析の分野に初めて導入し,蛍光性物質の同定および高分子材料の物理的状態,特にこれまでに有効な非破壊的指標がなかった経年と劣化に関する非破壊的定量的評価法としての有効性の確立を目的とするものである。 本研究の主要な目標は,【1】有機質文化財資料(繊維素材,漆,染色布)の時間分解蛍光スペクトルの測定条件を確立する。【2】文化財資料の劣化状態および修復材料の定量的評価法として寿命測定の有効性を確立する。【3】促進劣化させた材料の蛍光寿命測定による劣化環境と蛍光寿命との相関を解明する。以上の三点である。 昨年度は【1】を中心に,黄檗について,時間分解スペクトル測定の実験条件を検討し,黄檗成分の寿命は媒体によって大きく変化し,蛍光寿命が媒体の周辺環境によって変化することを報告した。本年度は特に【1】及び【2】について取りくみ,文化財資料に用いられた黄檗染め絹糸について,時間分解蛍光スペクトルの測定条件の検討し,測定を行った。更に文化財資料中の緑色或いは紅色に染められた絹糸についても時間分解蛍光スペクトルの測定を行い,緑色中の藍は共存していても黄檗の時間分解蛍光スペクトルに大きな影響を与えないが,紅色中の紅の共存は黄檗からのエネルギー移動が起こっていることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は有機質文化財資料における経年劣化に関する数値的情報の取得を主たる目的にして,蛍光性染料ならびに有機素材の蛍光寿命の利用を提案するものである。昨年はこの研究の第一段階として,代表的な天然染料であるキハダの主成分であるベルベリンを用いて機器と測定条件の設定の設定を行い,さらに媒体の違いによる寿命の変化の基礎データを取得した。又,励起波長のコントロールにより特定の蛍光物質を励起して他の妨害を受けることなく測定可能であることを示し,さらに,周辺環境の変化を反映する指標として蛍光寿命が利用可能であることを示した。 本年度は昨年の結果を受けて 【1】パルス幅の小さな410nmnパルスレーザを励起光源とする,ベルベリンをターゲットとする蛍光寿命の測定手法を,文化財資料中に用いられた黄檗染料に関しても応用した。受光部に480nm以下の波長の光をカットするフィルターを取り付け,散乱光の影響の減少を図った。その結果,現在作成した黄檗染め絹と同様に,破壊的に染料を抽出することなく文化財資料に置いても黄檗染め絹の蛍光寿命測定が可能であることを示した。 【2】紅や藍といった別の染料の共存に関しても,文化財資料を用いて確認をした。その結果,藍の共存によるベルベリンの蛍光寿命への影響は見られなかった。一方,紅と黄檗が共存した場合には,黄檗中のベルベリンが吸収したエネルギーの紅のカーサミンへの移動が観察された。 【3】文化財資料にみられる黄檗の主成分であるベルベリンの劣化生成物は,共存する染料の違いに起因する要素と資料の年代変化及び保存状況における劣化に起因する要素とが複合的に作用して生じ,緑色の黄色成分として用いられた場合に比べて,紅とともに用いられた場合に,経年による生成物総量が多くなる傾向が認められた事を報告している。今回の分析結果は,この報告を支持する結果となり,極めて重要な発見である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は時間分解蛍光測定とそれに基づく蛍光寿命を用いて有機・高分子文化財材料のキャラクタリゼーションと経年・劣化状態についての基礎調査を行うものである。今後以下を中心に検討を行う。 【1】各種繊維,紙等の媒体上の染料等に含まれる成分固有の蛍光寿命の数値を,現代標品を用いて測定しそのデータベースを作製する。原則として着色成分を直接励起する方法を用いる。各種有機色材(染料及び有機顔料:紅,黄檗,鬱金,刈安,藍,蘇芳,ラック,コチニールなどの天然染料,媒染剤:鉄,銅,錫,アルミニウム)を用い,各種繊維,紙等の媒体を着色し,その蛍光寿命を測定する。 【2】着色媒体としての繊維材料や紙だけでなく,固着剤としての各種糊,漆,膠など,文化財に用いる有機材料から生ずる蛍光を明確にし,それらの蛍光寿命を測定する。 【3】文化財実資料として京都工芸繊維大学所蔵品から各種時代の染織裂(脱落糸)を中心に調査し,現代品と比較検討する。更に東文研の持つ促進劣化技術を生かして繊維品,紙などの高分子材料の劣化状態ならびに修復材料と蛍光寿命の関係の解析を行う。 【4】光源の検討:現状,励起光源として410nmの半導体パルスレーザヘッドPLP-10を利用することにより寿命がごく短いベルベリン(黄檗成分)の測定に成功している。今後は第二の励起光源として波長が可変であるサブナノ秒パルスN2励起色素レーザ(パルス幅400ps)を使用し,多様な素材に対して適用範囲を広げる。
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次年度使用額が生じた理由 |
現在,現有のパルス幅の小さな410nmnパルスレーザ(PLP-10)を励起光源とし,ナノ秒スケールの寿命を持つベルベリンを蛍光性物質として含む黄檗を用いて研究を順調に進めている。この条件で,蛍光寿命の基本的な知見を得るべく,昨年度より,測定条件の最適化や媒体の影響を研究してきた。本年度においても,散乱光の影響の軽減を図るなどの基礎的な研究に加えて,絹や紙上の黄檗の蛍光寿命の測定,更に実際の文化財資料の測定等,基本研究から実資料への測定へ実験を優先したため,予算は情報収集を試薬・資料購入を中心に使用した為,次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度のデータを基に,波長可変であるサブナノ秒パルスN2励起色素レーザ(パルス幅400ps)を使用し,多様な素材に対して適用範囲を広げる。この為,消耗品として多くの素材の標準品及び実資料の購入,色素及び窒素ガス等に多くの費用を使用する予定である。また,蛍光寿命の測定を文化財有機物に応用した報告は文化財科学の分野ではみられない。その為,文化財科学関連の学会だけでなく,化学系の学会に参加し,国内外での情報収をする必要が生じている。そこで旅費は,多くの学会に積極的に参加し,情報収集及び成果報告を行うとともに,随時共同研究者との研究打合せに使用する予定である。
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