心筋細胞は終末分化細胞と呼ばれ、神経細胞と同様に細胞分裂によって修復することができない。このような組織の疾患に対して、細胞の分裂・分化メカニズムを解明することは再生医療の研究の推進にも貢献することが出来る。本研究課題では、哺乳類心筋細胞の分裂が停止する出生時に着目し、そのなかでも劇的に変化する酸素環境(20→90 mmHg)に着目して遺伝子発現の変化を検討した。これまでの研究において確立した胎児心筋を大気酸素に暴露させずに培養し、酸素濃度制御下の培養システムにて観察を行うと伴に酸素分圧変化に伴う遺伝子発現変化を検討した。細胞周期・代謝など多くの遺伝子が酸素環境変化に伴って発現を変化させていたが、中でも心筋細胞質の筋節で力学的機能を発揮する高分子タンパクの遺伝子としてコードされ、筋節のタンパクとしてはスプライシングで削除される分子が変化していることを確かめた。また、このタンパクは胎児期心筋では核内に局在し、生後は細胞質にはその傾向が減弱していることも明らかになった。このタンパク局在は生後減弱するものの、マウスでは心筋細胞が甲状腺ホルモンの作用によって一過性に分裂能を回復する生後15日頃には核に移行していることも観察された。また、このタンパクが全身組織でどのような発現分布をしているかを検討したところ、成マウスにおいては、脳、腎臓から検出され、骨格筋からは検出されなかった。従って、このタンパクは心筋細胞の細胞周期に関与している可能性があるが、全ての細胞腫の分裂制御に関わるメカニズムでは無いと考えられた。また、同じ脊椎動物でも心筋細胞の分裂能を有している両生類(アホロートル)で検討したところ、マウスよりも分子量が大きいタンパクが検出された。これらの結果より、本研究課題で酸素環境変化に応答する高分子として同定したタンパクが、マウス心筋細胞の細胞分裂を制御している可能性が示された。
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