本調査研究の目的は、インドの東端に位置しミャンマーと国境を接するナガランド州(1963年成立)における紅玉髄製ビーズを初めとする装身具の流通とそれを支える価値観の歴史的背景と今日の現状を把握することに主眼を置いた。 ナガランド地方は、20世紀半ば以降に活発化した中央政府に対する独立運動や同じく20世紀半ばまで行われていた首狩りなどによって外部の人間の入域が最近まで規制されてきた。こうした点からも、近寄りがたい「秘境」というイメージが抱かれてきた。しかしそこは南アジアと東南アジア、中国南部とが接する土地であり、古くから人と文物が往来する交易の要所であったと考えられる。正確にいつ頃からどのような文化を有する人々が居住してきたかについては情報が不足しているが、少なくとも2500年間に及ぶ東西交流史のなかに位置づける視点を持つ必要がある。ナガランドで用いられてきた紅玉髄製ビーズを初めとする準貴石類やその他の装身具の利用は、そうした交易活動の確実な証拠にほかならない。 一方で、過去150年ほどの間に進んだキリスト教化や中央政府との紛争は、ナガランドの紅玉髄製ビーズをめぐる文化の衰退をもたらした。ただそれでもなお、装身具は先祖から受け継がれてきた家宝として意識され、ナガとしてのアイデンティティの拠り所であることが保持されていることが確認できた。キリスト教改宗以前に遡る伝統的な祭りの正装の一部であり、たとえ経済的な理由から紅玉髄がプラスチックに置き換えられたとしても、それを身につける本来の意味や役割は今も失われてはいない。そうした伝統文化の記録を残すことが、本調査の大きな貢献となったと考える。
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