研究課題
挑戦的萌芽研究
本研究の目的は、幸福と不幸(以下、「幸福」と略)とその測定に関する哲学的研究を経験科学における幸福研究と接続することである。平成25年度の研究計画は、幸福の学際的研究の基礎づくりを目指していた。これは一つには、哲学と経験諸科学の幸福関連研究の主要な知見と研究の流れが追えるように文献を集めることだった。平成25年度中に、従来自分が所有しておらず近隣の図書館にもない幸福関連の文献をかなり網羅的に収集することができた。基礎づくりの第二のポイントは、経験諸科学の文献を理解できるように、こうした分野の基本的な概念や方法論を必要最低限学ぶことであった。心理学・行動科学・脳科学における幸福研究の理論や測定・データ分析の勉強をし、誰かにとっての善としての幸福とは何であり、幸福な生とはどんなものであり、その比較評価は可能なのか、といった点を検討するのに欠かせない経済学の概念とテクニックの基礎を学んだ。科学哲学会年次大会における発表はその成果である。基礎づくりの第三のポイントは、哲学的幸福研究における概念と議論を整理することだった。以前にも幸福についての哲学研究のまとめはあったが、現在は新説が出てきてまとめが古くなっているので、これを更新することが必要だった。中部哲学会に提出している論文では、幸福についての哲学理論を類型化し、各々のタイプのメリットとデメリットを明確化し、そのうえで自分のオリジナルな立場を打ち出している。第四のポイントは、幸福を含む倫理学の研究対象に対する伝統的な哲学の研究法を反省し、その利点と限界がどこにあったのかを見極め、経験的研究と繋げることでどこが改善できるか考察することだった。これは幸福研究に特化した形ではできなかったが、一般的に哲学における道徳研究の方法論の反省と経験科学の知見の活用というテーマで考察を進め、『社会と倫理』に査読論文が掲載された。
2: おおむね順調に進展している
平成25年度の研究計画の各ポイントをそれぞれ大体において達成しており、幸福とその測定に関する哲学的研究を経験科学における幸福研究と接続するという本研究の企図を推進しているため、「(2)おおむね順調に進展している」を選んだ。
平成26年度の研究計画は、幸福の経験的研究を「幸福とは何か」という哲学的問に結びつけることである。具体的には、経験諸科学の幸福研究を、哲学・倫理学の問題関心に基づいてまとめ、整理する。「幸福」やその類義語は様々な目的で使われることがあり、各分野で用法がそれぞれ異なっている。倫理学の関心は、誰かにとっての善としての幸福にあり、必ずしも心理学や経済学の研究対象としての幸福と一致しているわけではない。したがって、経験科学の幸福研究において倫理学の関心となるものとそうでないものを振り分けて、前者から哲学が何を吸収すべきかをまとめ、適宜批判的に検討する。また、哲学における諸々の幸福理論を経験科学の知見に基づいて検討する。幸福や不幸は一面において自然界において生じる物事である。そこで、哲学における幸福理論には、心理や行動や傾向性に対する含意があり、それが経験科学の知見に基づいてもっともらしいかどうかということは、幸福理論の判定基準の一つである。たとえば、哲学の幸福理論は、快苦や欲求や主観的幸福度など、心理的な状態や性質に言及することが多いので、それらの実態がどの様であるかということが心理学や脳科学によって判明すれば、各理論を比較評価することができる。上記のように纏めた経験科学の研究に基づいて、哲学における幸福理論のどれがもっともらしいかを検討する。また、幸福の測定と比較の可能性を検討するための準備を行う。幸福は基数的には測れない、個人間比較はできない、という主張がなされてきた理由は様々ある。こうした理由を類型化して整理する。このように平成26年度の研究計画を推進しながら、平成25年度に行った幸福に関する研究書の収集を継続する。とりわけ、本研究開始前には明確に認識していなかったが、医学・医療経済学におけるQALYの研究は幸福とその測定に強い関連があるので、その方面の文献を集めたい。
平成25年度に次年度使用額が生じたのは、旅費と人件費・謝金の出費が予定より少なかったためである。旅費が少なくて済んだのは、たまたまこの年度に名古屋から遠隔の地で本研究の対象である幸福に関する研究会が開かれることが少なく、交通費と宿泊費を節約できたからである。人件費・謝金が少なかったのは、幸福に関して哲学・経験諸科学の分野の専門家に話を聞く機会がとれなかったために、その分の費用が使われなかったからである。平成26年度においては、英国あるいは米国の学会に出席して報告を行ってフィードバックをもらったり、研究遂行に役立つ情報を教えてもらったりするための経費や、英文での研究報告、論文執筆のための英文校正に係る費用を支出することがもともと予想されていた。これに加えて、平成26年度は、平成25年度にとれなかった、幸福に関して哲学・経験諸科学の分野の専門家に話を聞く機会を設けて、彼らの知見を吸収し活用することに資金を使用する。また、研究上使用するスキャナーが故障するという、想定していなかった問題が生じている。そこで、これを買い替えるためにも資金を使うつもりである。
すべて 2013 その他
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実践哲学研究
巻: 36 ページ: 31-69
社会と倫理
巻: 28 ページ: 119-148
https://porta.nanzan-u.ac.jp/research/view?l=ja&u=101834