西欧における生理学や遺伝学の学説史を、主として二次文献を用いて整理した。また、各国の優生学とその実践の特徴についても二次文献を用いて整理した。具体的にはアメリカ・カナダの精神医学史と優生断種手術の展開、イギリスにおける優生学の確立とその特質、ドイツの人種衛生学史(優生学史)などである。 これらの作業に基づいてイギリスとアメリカ、ドイツとの比較をおこなった。イギリスにおいてはなぜ、優生断種手術がさほど活発に議論されることも積極的に実施されることもなかったのか、また反対にアメリカやドイツではなぜ積極的に推進されたのか、という点を中心に検討した。その結果、メンデル遺伝学が接合する機会があったのか否かが要因のひとつではないかという推測が導かれた。 次に、近代日本の優生学の諸文献を上の点と照らし合わせたところ、イギリスの学知と実践は近代日本のそれにほとんど影響を与えておらず(あるいは日本の医学者・生理学者は意図的にイギリスの優生学とその実践を重視しなかった)、反対に後者とくにドイツのそれからは強い影響を受けていることが判明した。1930年代以降、日本でも断種法制定の動きが具体化するが、それには研究者がドイツの優生学と実践を主として参照していたことが大きいと推測された。なお、近代日本の優生学の状況をうかがい知るために『精神障害者問題資料集成』1~12巻、『優生』1~2巻、『優生学』1~16巻、『人性』1~17巻などを参考にした。 ところで、昨年来、日本医大等の教授を務めた木田文夫の文献を収集してきた。木田はフランスへの留学経験があり、遺伝に関わる書物をものしているが、遺伝子決定論については最後まで懐疑的であり優生断種手術も積極的評価を与えていない。その理由を探るべく、数回にわたって木田の遺族から直接聞き取りをおこなった。
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