アメリカでは早くから成人向けの図書と未成年向けの図書の線引きがされていたのに、日本では昭和30年代前半の「若草文庫」でも混在している状況であった。「秋元ジュニアシリーズ」でも映画化作品とのタイアップの出版化の方針は継承されたが、作風はお国柄によっても特徴がある。ドイツの小説は近親相姦や同性愛の悲恋の果て主人公が自殺するというプロットで、フランスのコレットのクロディーヌ物は学園小説といってもそこに描かれていたのは乱倫状態であった。クロード・アネ原作『若い娘アリアーヌ』は秋元ジュニアシリーズの読者から「私たちにはまだ早すぎます」と怒りの投書があり、装丁デザインはデマレの『激流』と共にシニア向けに区別された。映画は「昼下がりの情事」という扇情的なタイトルとは裏腹に、清純なオードリー・ヘップバーン主演のラブ・コメディになっていて、「友の会」で試写会招待があった。性と暴力を排除した少女向けの小説というジャンルを確立した村岡花子の功績は大きい。アン・シリーズではアンの出産も「こうのとり」で表現されていた。大久保康雄はナンシー・ドル-という少女探偵のシリーズを初めて秋元ジュニアシリーズに導入し、人気を博し今日に至るまで読み継がれている。もっともカロリン・キーンという作者はシンジケートであった。中村能三も学園小説の翻訳を多く手掛けているが、読者には恩地三保子の女性らしい語り口の翻訳が好評であった。掲載された読者の便りは表紙のグラビアについての賞賛が大半であったということは「表紙買い」であり、内容はデートやプロムのドレスに頭を悩ませるようなアメリカの消費主義と男女交際は昭和30年代の日本の少女たちの生活水準とは余りにもかけ離れていて、未消化だったのではないか。秋元ジュニアシリーズはアメリカを善とする時代のアメリカニズムのトレンドを具現していた。同シリーズは昭和40年台前半に終了した。
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