前年度は戦争経験者への聴き取り調査を集中的に実施したことから、今年度はその整理および分析作業に重点を置いた。また、本研究は、研究分担者が研究代表を務め、昨年度に終了した別の挑戦的萌芽研究(「「東アジア共通の歴史認識」構築にむけた「感情交流」アプローチの応用研究」研究課題番号:23652160)の継続研究と位置付けていることもあり、これまでの研究成果に関する取りまとめを行い、複数の論考を発表した。 インタビュー記録に関する整理・分析とそれをもとにした研究会を重ねた結果、戦争体験の語りを捉えるうえで、これまで軽視されてこなかった感情のあり方に着目することで、体験の新たな面が見えてくることが確認できた。従来は、語りから導かれる事実関係や記憶の正誤が問題視される傾向にあったが、語り手にとって重要なのはその体験の全体性である。彼らにとって、その圧倒的な体験は達意の言葉で表現できないことが多い。戦争中の軍隊の中でも、戦後の労働社会にあっても、家庭生活にあっても、感情的になったり、感情を表現したりすることを抑圧され、自己規制してきたからである。したがって、晩年になり、彼ららがかろうじて体験を伝えようとした際に表出された感情や身体的動揺などが、語りの内容以上の何かを物語っていることが少なくない。そのことを語り手自身も意識していないことから、丁寧にインタビューを重ねて、感情のあり方についても振り返ってもらうことで、彼らが何を伝えようとしていたのかが少しずつ見えてきた。そのようによってしか表現されない語りをすくい取る技法をさらに高めていく必要があることを確認した。
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