本研究の目的は、被害者への聞き取り調査とレセプトの分析を通じて、精神科医療による過剰診断・過剰投薬による被害を明らかにすることである。3年間の研究を通じて、10名の当事者の語りを得た。得られたデータを、精神科の治療に対する認識の変化に焦点をあてて分析・考察した。当事者は医師の診断や薬の処方は適切であると信頼したうえ、医師の指示に従って服薬や療養を行っていた。平均受診期間は8~9年間だった。長期間の治療に関わらず、回復せずより重篤化している。断薬のきっかけとして、インターネット等による情報を挙げる人が多かった。2000年代後半より、精神科治療による被害を問題化する言説が増え、自らの経験を「薬害」という観点から捉え返せるようになったことが大きい。調査協力者らが断薬に至ったのは、その治療経過の中で主治医とのやりとりを通じて醸成された不信感や疑問の蓄積があったことが指摘できる。それらの経験や思いに対して、精神医学批判の言説は視点や言葉を与えるものになっているのだ。 精神科治療における医原病被害については、すでに複数論者が問題にしているが、被害者は未だ社会的に放置されたままである。本研究の調査協力者らは全員が「精神医学には害しかないので、なくなったほうがよい」と自らの経験に依拠して回答した。このような強烈な医療不信を招く精神科薬物療法のありかたは見直す必要が迫られている。多剤大量処方に対しては社会的な批判も多く、診療報酬においても一定の規制が実行されたが、被害を防止するのに十分ではない。いまだ処方のルールが判然とせず、抜け道も用意されているからだ。薬理学的な観点、そして患者の人権の観点から、健康を害さない処方のルールが確立されなければならない。ルールの違反に対しては厳しい罰則を設け、ルールが遵守されるようなしくみを整備する必要がある。
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