本研究の技術的な目標はハイスピードカメラを用いて高速に動く眼球の詳細な挙動を捉える点にあり,そのためには望遠レンズを用いて片方の目をできるだけ大きく明瞭に撮影することが必要であった.前年度までに座位における頭部の揺れを抑えるために頭部を支持する必要があることを確認していたため具体的な方法を検討した.最終的にはリクライニング機能を持つ介護用ベッドの上にさらにマットレスとクッションを載せて背もたれを上げる方法で,バイトボードや顎台のように強い拘束感を与えずに必要な撮影条件が得られるようになった. こうして整えられた撮影環境の下で,距離と方向の条件を変えてサッカードが行われる様子を録画し角膜反射法によりその時の眼球運動を計測する実験を行った.実験協力者は介護用ベッドに頭をつけて座り,前方のディスプレイの2箇所に描かれた直径約5mmの小円の中に交互に1秒間ずつ80秒間提示される数字を追い続ける課題を小円の場所を変えて繰り返し遂行した.撮影では波長850nmの円環型赤外線照明を用いて画像内に角膜反射像を形成し,角膜反射法により眼球の回転角を計測できるようにした. 12名の実験協力者について実験を行い,録画した映像からアーチファクトが含まれないサッカードの記録を抽出して回転角の時間波形を加算平均した.その結果,サッカードの前半と後半では眼球の回転の仕方が異なるという結果が得られた.この結果は少なくとも眼球と周辺組織の間の摩擦力を仮定することによって説明可能であり,従来の眼球運動の研究で考慮されて来なかった力学的な影響を定量化することができた.
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