研究課題/領域番号 |
25590284
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
中森 誉之 京都大学, 人間・環境学研究科(研究院), 准教授 (10362568)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 音声知覚 / 音声表出 / 聴覚 / 視覚 / 触覚 / 空間 / 点字 / つづり |
研究実績の概要 |
本年度は研究成果を書籍にまとめる作業に専念した。各章の内容を簡潔に示す。第1章:音の知覚。音の定義、音楽と言語の音声的な類似性と相違性、音声認知の生得性、音声知覚能力の発達、音と感情、母語と外国語の知覚、年齢と音声知覚の変化について考察した。第2章:英語音声の観察・記述・説明。音声学を援用して母音と子音の特徴を詳述した上で、英語母語話者と外国語学習者が直面する知覚表出上の諸課題について系統立てて論じた。第3章:言語音声の表出。声と調音、知覚と表出の関連性、訛りの定義と容認度、言語病理学に基づいた構音訓練、音韻処理と自己修復のメカニズムを詳述した。 第4章:視覚、空間表象、触覚についての考察。視覚の働き、空間表象の形成、音による空間認識、視覚と聴覚の関連性について、最新の認知科学の知見から論考した。第5章:点字による読み書き。音韻認識とつづりの問題、英語点字に特有な縮字や略字の困難性、日本語と英語の干渉現象、点字を書くことの課題、触覚と視覚・聴覚の柔軟性について脳科学的に検証し、知覚と老化の問題にも焦点を当てた。第6章:視覚障害者の認知発達と言語習得。概念の定義、概念の習得と言語の獲得に関する健常者と盲人の類似性、言語処理と聴覚・視覚・触覚との関係、音声連続と意味付与のメカニズム、言語への接触頻度と学習の関わりについて考察した。 第7章:外国語学習における音声連続処理の役割。聴解・発話技能を支えるチャンク処理の位置づけを多面的に検討し、視覚を伴わない聴覚からの外国語獲得に向けた指針を明確に示した。第8章:特別支援学校(視覚障害)における英語指導の実態と課題。英語点字指導、聴解指導、発話指導についての調査結果をデータに基づいて詳述し、具体的に検証を行った。今後重要性を増す小学部での指導の意義と留意点についても考察した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、当初の計画を変更して、昨年度に実施した特別支援学校(視覚障害)における全国調査結果に対して理論的な考察を深めながら詳細にまとめ、洋書を執筆した。今年度は、国内外で成果を口頭発表して、段階的に論文として少しずつ公表していく予定であったが、一刻も早くまとまった形での論考を求める強い声が国内外から寄せられたためである。特に、理論的根拠のある指導技術の提案については、断片的な口頭発表や部分に特化する論文では全く不十分であるため、書籍としてまとめることが急務であると判断した。さらに、音声認知や視覚処理、言語理解と言語表出に関して認知科学的・脳科学的検討を十分に行うためには、かなりの紙面が必要となってくる。そのため、今年度は書籍原稿執筆に専念することとなった。 研究は当初の予定よりも進んでいる。計画では平成27年度に図書刊行に向けた執筆を開始する予定としていたが、国内外からの早期に出版することを期待する声に押されて、計画を前倒しとして執筆に集中した。平成27年4月1日現在、王立英国盲人協会(Royal National Institute of Blind People)のガイドラインに従ってArialフォント14ポイントで原稿を作成しており、全300ページを超えている。平成27年7月に書籍原稿は完成させ、8月に英文校正を行い、平成28年度中に出版する。この書籍のタイトルはForeign Language Learning without Vision: Sound Perception, Speech Production, and Brailleである。章立てと内容は「研究実績の概要」に記載したとおりである。複数の出版社より出版の意向が示されているので、校正が終わり次第入稿したい。
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今後の研究の推進方策 |
確実に書籍を出版することに合わせて、国内外で研究成果を広く公表する。この研究内容をまとめた書籍は、英語圏の主要大学と視覚障害者支援団体へ寄贈する。また、講演や国際学会発表などを通して、教育や福祉の分野へ積極的に成果を還元していく。 さらに、理論を実践に生かす方法を具体的に開発して提供していきたい。聴解、発音や発話の学習プログラムを設計して、視覚よりも聴覚に軸足を置いたアプローチに基づき、カリキュラム設計やシラバス・デザインに反映させた指導法を提唱するとともに、教材や教具を充実させていく。対面授業をよりよいものとし、自学自習を支援するCALLシステムを構築していきたい。 この研究では、切実に必要とされながらも少数であるが故に遅れている分野に対して光を当てて、最新の認知科学と教育学の知見に基づいた貢献を行うことができたものと総括する。視覚障害者の外国語学習に関する書籍は世界的に見てもほとんど出版されていない。私は10年以上にわたって、日本の環境に適した英語指導理論の構築を行ってきたが、対象は小中高等学校で学ぶ健常な学習者であった。特別支援学校(視覚障害)に対して実施した全国調査の結果を分析する中で、今まで見落としてきた諸課題に気付かされた。外国語学習における聴覚・視覚・触覚の役割を明確化して、視覚障害者と健常者にとって可能性を広げる意味がある研究を展開することができたものと考えている。 今後は、認知科学の知見を援用しながら、複数の感覚器官に対して最適に働きかけるメカニズムを探究していきたい。この領域は、近年研究が活発化して、興味深い提唱が色々な分野から行われ始めており、これからの人間工学において重要な位置を占めるものと確信している。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の途中経過を段階的にまとめながら公表していく予定であったが、一冊の図書として体系的にまとめて、社会に還元したいと考えるに至った。そのため今年度は、当初最終年度に実施予定であった書籍執筆を前倒しとし、見込んでいた研究成果公開のための諸経費を、1年間先送りしている。
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次年度使用額の使用計画 |
研究成果をまとめた書籍を出版するとともに、来年度には、積極的な公表を行い、社会に還元していきたい。
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