研究課題/領域番号 |
25590293
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研究機関 | 日本大学短期大学部 |
研究代表者 |
上條 治夫 日本大学短期大学部, 生命・物質化学科, 准教授 (50123170)
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研究分担者 |
廣林 茂樹 富山大学, 大学院理工学研究部(工学), 教授 (40272950)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 視覚障害者のための化合物名読み上げ法 / 化合物の自動命名 / ケモインフォマティクス / 初級の化学学習者 / 視覚障害者 / コンピュータアクセシビリティー / 支援テクノロジー / 化学教育弱者 |
研究実績の概要 |
様々な化学情報は化学構造式を含んだ画像として提供されるので、視覚障害者にはアクセスしにくい。また学習の初期における情報取得がきわめて重要であることから、教育現場における化学情報の収得方法の検討が必要である。本研究は画像情報である化学構造式に描かれた化合物名を読み上げることによって視覚障害者が化学構造を認識するためのソフトウェアを開発している。このソフトウェアはパソコンの出力画面やスキャンされた画像から化学構造式を抽出するステップ、抽出された化学構造式から化合物名を検索するステップおよび検索して得られた化合物名と地の文字を読み上げるための3つのステップから構築されている。第1ステップおよび第2ステップについてはそれぞれ既に知られているがそれらを統合したシステムについてはほとんど検討されていなかった。更に第2ステップはケモインフォマティックス法と呼ばれているがその手法はコンピュータのGUIのOSに依存しているので、GUIのOSに依存した手法が利用できない視覚障害者のための新たな手法が必要であった。 本研究は現在上述の3つのステップの検討を終え、それらをJ. Chem. Educ., 2016, 93 (3), pp 496-503に上梓した。一方、本研究は組み版システムの一つであるXyMTeX法を用いれば視覚障害者自らがテキストエディタを操作することで化学構造式を描画できることを見いだしていて、上梓した論文に記載したソフトウェアが描画された化学構造式の読み上げを可能ならしめるためのシステムであることとをあわせるなら、視覚障害者自らによる化学構造式の描画および認識と言う双方向での情報交換が可能となり、その結果、視覚障害者と晴眼者間で化学情報が共有できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は画像情報である化学構造式に描かれた化合物名を読み上げることによって視覚障害者が化学構造を認識するためのソフトウェアを開発している。このソフトウェアはパソコンの出力画面やスキャンされた画像から化学構造式を抽出するステップ、抽出された化学構造式から化合物名を検索するステップおよび検索して得られた化合物名と地の文字を読み上げるための3つのステップから構築されている。ここで示した3つのステップの内、画像抽出、化合物名読み上げのステップは既に様々な報告例がある。しかし報告例の多くはコンピュータのGUI(Graphical User Interface)に依存していたので、筆者らは画像抽出のための視覚障害者の利用に特化したソフトウェアを開発した。また抽出した画像(化学構造)を化合物名読み上げステップに渡すためのソフトウェアも開発した。一方、化合物名読み上げステップはChemAxon社のMarvinbeans(Mol Convert)のデータベースを利用し、抽出した化学構造式画像をmolfileに変換し、molfileから対応するnameファイルを得て、nameファイルの内容をtext to speachシステムで読み上げるためのステップを構築した。筆者らはこれらの研究結果をJ. Chem. Educ., 2016, 93 (3), pp 496-503.に上梓した。筆者らは上梓した内容を視覚障害者に対する初等の化学教育手法の一つととらえていて、これらの内容は多方面での広報が必要であると考えている。そのためには上梓した論文のオープンアクセス化が必要であり、論文の別刷りの配布も重要であると考えている。また上梓した論文の方法が初等の化学教育で利用される化学構造式を含む画像へ応用可能であるかについても検討することで、本研究の付加価値の向上が期待できると考える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は化学構造と文字が混在する出版物や論文などの印刷物の読み取りが最終目標であるが、そうした資料は文字と化学構造式以外の図表を含んでいて、図表の多くが読みとり結果において「文字化け」を引き起こすことを避けることができないことから、上梓した論文ではあらかじめ用意した資料を用いてソフトウェアを試作した。本研究で試作したソフトウェアでは、文字と化学構造式を識別するためのプログラムで用いる画像処理のための2値化の閾値を化学構造式と文字が混在することを前提として設定した。このことは化学構造式だけが描画されている資料の読み取りには対応できず、今後の検討が必要である。また文字と化学構造式以外に表など、他のアイテムを含んだ資料についての対応も今後の検討が必要である。 試作したソフトウェアでは化学構造が横に3つ並んだ画像が解析できていて、2つ以下の場合も解析できていて、それぞれの化合物名を読み上げることができた。また地の文章が日本語と英語に対応できていて、化合物名はIUPACに準拠した英語読みに対応した。IUPAC命名では母骨格名の読み上げが、置換基名の読み上げの後回しになるという特徴があり、このことは聴覚だけに依存して化学構造式をイメージする場合には不利な点であることが判り、今後の検討課題である。また日本語環境での作業を想定した場合、支援テクノロジーとしては化合物名は慣用名の日本語読み上げが望ましいと考えていて、これらについての検討も必要である。 現状はあらかじめ用意した資料を用いて化合物名と文字の読み上げを検討していて、初級の化学教科書をはじめ、書籍や論文などを資料とした読みとりについての検討及び化学構造式の読みとり精度についての検討に一定の成果が得られた。
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次年度使用額が生じた理由 |
ソフトウェア開発が本研究の主目的であり、研究に進捗が認められたことから、一定の成果をまとめて論文を上梓した。論文をまとめるために必要な物品は構築したソフトウェアに組み込んだシステムを更新することで対応したので、費用面で効果的であった。成果はJournal OF Chemical Educationの2016年, vol 93 No, 3のpp 496-50に報告した。報告書作成課程では数回の英文校正が必要となったが、費用は当初想定していた予算額を下回った。また、当初予想された打ち合わせのための旅費は、インターネットなどを効率的に利用することで出張が不要となり、そのために費用に残高が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
補助事業の成果はJournal OF Chemical Education, 2016, 93 (3), pp 496-503.に上梓した。筆者は補助事業が視覚障害者を対象としたシステムの開発であることから、成果を多方面に周知させなければならないと考える。そのためには上梓された論文のオープンアクセス化や、別刷りによる告知が重要であることから、次年度使用額をそれらの費用に充当する。また補助事業の目的をより精緻に達成するためには上梓した論文を保管するための実験が必要であることが判り、そのために必要な実験を行うための費用にも充当する。
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