研究概要 |
強Feller性と既約性を持つ対称マルコフ過程に対して, そのレゾルベントにある種の緊密性を仮定すると, その生成作用素に対して基底(ground state)が存在することが示せる. 生存時間が有限なマルコフ過程には不変測度は存在しないが, 時刻tまで生存するという条件の下で長時間極限をとると, マルコフ過程の分布が準定常分布とよばれる分布に収束する場合がある. 基底の存在は, 準定常分布の存在を導くための第一歩となる. 実際, 基底が可積分であることが示せれば, 準定常分布を基底をもちいて具体的に構成できる. そのため, レゾルベントが緊密性を持つための条件を調べることは, 準定常分布の存在を示すうえで重要である. 本年度の研究では, ランダムな時間変更によって定義されるマルコフ過程の緊密性について, 時間変更を定義する加法汎関数ないしは対応するRevuz測度がグリーン緊密性とよばれる性質を持つ加藤クラスの測度であれば, 時間変更過程が緊密性を持つことを示した. また, 緊密性を仮定のもとで, 任意のコンパクト集合への到達時刻が指数可積分性を持つことを示した. その応用として, Donsker-Varadhan型大偏差原理において, 初期値に関する上下からの一様評価が導いた. 言い換えると, 一様な大偏差原理が成立するための確認可能な十分条件として, レゾルベントの緊密性という条件を見つけたことになる. 従来, 一様なエルゴート性の下に一様な大偏差原理は示されていたが, 状態空間がコンパクトな場合を除いて一様なエルゴート性が成立する例を作ることは困難に思える. しかし, 状態空間がコンパクトではない場合でも緊密性を満たす例は作れる. 例えば, 境界が流入境界であるような一次元拡散過程がその例となる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マルコフ過程の状態空間は一般には局所コンパクト距離空間という性質のみで, ユークリッド空間のような良い性質を持たない. そのため, 基底の存在をできるだけ一般のマルコフ過程に対して示すことは, 準定常分布の存在というマルコフ過程の極めて重要な性質を導くうえで鍵となる. 基底の存在を示す方法として, ディリクレ形式の変分的表現が使えることに気づいたことは, 本研究にとって大きな前進といえる. ディリクレ形式の変分的表現は状態空間に関する微分構造などの制約を必要としないためである. 準定常分布を考察する場合は, 生存時間有限のマルコフ過程を考える. そのため, 変分公式を応用するには保存的な場合に示されたDonsker-Varadhanの変分公式を一般化する必要がある. その一般化については以前の研究で既になされていたことは幸いであった. マルコフ過程の緊密性という新しい枠組みのなかで、新たなタイプのDonsker-Varadhan大偏差原理が示せたことも前進である. それは基底からの大偏差原理と考えられると同時に, 準定常分布からの大偏差原理ともみなされる. この知見は, 来年度からの本課題に対する新たなテーマを与える.
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今後の研究の推進方策 |
達成度で述べたように, マルコフ過程の緊密性という新しい枠組みのなかで, 新たなタイプのDonsker-Varadhan大偏差原理, すなわち準定常分布からの大偏差原理が導けた. その意味するところをさらに掘り下げていく. 準定常分布の一意性を示すためには, マルコフ半群の超縮小性が鍵になる. 一次元拡散過程の場合には十分な結果があるが, 多次元の場合の例は極めて少ない. 関数不等式と半群の性質についての研究を調べる必要がある. そのための資料を整備したい. 緊密性を持つマルコフ過程の例を見つけることも課題になる. 滑らかな境界を持つ有界領域における吸収壁マルコフ過程の多くは緊密性を持つと考えられる. まず, その検証を行う. そのためには基底の境界付近での減衰を調べる必要があり, 内在的な超縮小性が関連するのではないかと考えている.
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