研究課題/領域番号 |
25610021
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
原 隆 九州大学, 数理(科)学研究科(研究院), 教授 (20228620)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 統計力学 / 緩和時間 / 孤立量子系 / 非平衡統計力学 / 非平衡部分空間 / マクロな物理量 / 確率過程 |
研究実績の概要 |
身の回りの現実の系では,非平衡状態(例:コップの中に熱いコーヒーが入っている)が最終的に平衡状態(例:コーヒーが冷めて室温と同じになる)に落ち着くことはよく経験することである.ところが,このような緩和現象は身の回りにありふれているにもかかわらず,満足のいく理論がない.特に,これまでの研究は宇宙年齢よりもはるかに長い緩和時間を予言するものがほとんどであった. 初年度では,孤立量子系の緩和時間について研究し,非平衡状態の作る空間が「典型的」な場合についての結果を得た.要約すればそのような場合,緩和時間は異常に短く,ボルツマン定数とプランク定数で決まる時間スケール(ボルツマン時間と命名)のオーダーであることがわかった.これは先行研究での異常に長い緩和時間の予言と鋭く対立するもので,我々の結果には十分な価値がある.しかし同時に,現実的な時間スケールを予言できない点が非常に不満足であった. そこで,初年度の最後には,より現実的な緩和時間のスケールを予言できる理論の構築を今年度の目標として掲げた.その計画に従い,今年度は,「なぜ,我々の身の回りでは1秒とか1日くらいの緩和時間がありふれているのか」を深く解明することに全力を傾けた. これはこの100年近くの未解決問題であるので簡単に解決できる性質のものではなく,大変に苦労した.しかし最近,漸く,かなり本質をついていると考えられる描像に到達することができた.現在,その描像を確かめるために,数学・物理の両面から深い解析を行っている途中であるが,すべての解析結果はこの描像を支持する方向になっており,日々,確信を強めている状況である.さらに,この解析過程で,緩和現象に関連する確率過程の解析も行い,結果を得ている. 大きな見落としがなければ,この結果は数ヶ月のうちには論文にまとめて発表できるものと期待している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は,当初の予定を大幅に上回る結果を出せたが,2年目はかなり,苦戦した. しかし,「研究実績の概要」に書いたように,ここに来てまたもや予想外の進展が相次いでいる.これは全く予想外の良い結果であり,正しければ確実に「当初の計画以上」と言って良いものになる.(ただし,この進展が本当に数学的・物理的に意味のある理論として確立できるのかについては,現在,鋭意解析中ではある.全ての結果は正しい方向を向いてはいるが,あと数ヶ月の集中した解析が必要と考える ーーー 申請者自身はそれが正しいことをほとんど確信してはいるが,科学者としてはもちろん,断言すべきではない). また最悪,今回の進展のうち,まだ確認中である一部分が正しくないと判明した場合でも,すでに確実に言えることがかなりの部分,蓄積されてきている.これらはこれからのさらなる進展の基礎になることは確実であり,そのため,現在確実な部分でも十分に「おおむね順調」と言って良いレベルに達している. これらの事情から,すでに確実に言えていることだけを評価の対象として,評価は少し控えめに「おおむね順調」とした.
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今後の研究の推進方策 |
おおむね,当初の計画通りに進めていく予定である.すなわち,非平衡現象における確率過程について,詳しく解析する.ただし,孤立量子系の緩和時間の問題は非常に重要であるので,この問題については確率過程に関係しない部分でも研究を進める(ただし,以下に説明するように,確率過程が本質的に関わってくると期待する).具体的には以下のような計画になっている.
(1)孤立量子系の緩和時間について,平成25年度は「典型的な非平衡状態の空間をとると緩和が異常に速い」ことを見出した.平成26年度は,苦戦の末に漸く,「我々が日常で見ている緩和時間スケールはどのようにして生まれるのか」について,大変に重要な知見を得ることができたと考える.そこで,平成27年度はまず,この重要な知見をさらに掘り下げ,我々の日常で見られる緩和現象が実際にこの見方で説明できる(かつ,現実に見られるような緩和時間を予言する)ような理論の構築に全力を傾ける.同時にこの理論を様々な具体的なモデルでできるだけ厳密に解析して,理論を検証することをめざす.
(2)上記(1)の新しい知見には,思いがけなく,確率過程が大きく関わることがわかってきた.非平衡統計力学における確率過程の研究は,申請者の研究課題そのものでもある.そこで,上記(1)の新しい知見を確立する過程で自然に必要となる確率過程について,さらに深く数学的に解析し,その結果を上記(1)の解明に役立てていく.
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