研究課題/領域番号 |
25610105
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研究種目 |
挑戦的萌芽研究
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
戸田 幹人 奈良女子大学, 自然科学系, 准教授 (70197896)
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研究分担者 |
高見 利也 九州大学, 情報基盤研究開発センター, 准教授 (10270472)
福水 健次 統計数理研究所, 数理・推論研究系, 教授 (60311362)
藤崎 弘士 日本医科大学, 医学部, 准教授 (60573243)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 機能発現 / ウエーブレット変換 / 次元縮約 / 動的相関 / 頑健性 / 天然変性タンパク質 / 集団運動 / 統計的因果推論 |
研究概要 |
ウエーブレット変換を用いて階層的時間スケールにおける振動成分やトレンド成分を抽出する方法を開発している。それらの方法では、時々刻々に変動する振動や、非平衡な条件下で誘起される変位を抽出することを目的とする。さらに、このように抽出された振動や変位に対する次元縮約、即ち、それらの運動に関与する集団的自由度を取り出すため、特異値分解やカーネル法を用いた解析手法を開拓している。以上の成果を応用する対象として、アロステリーとの関連で研究されているPDZドメインや、「天然変性タンパク質」等の生体分子を考えている。タンパク質が「天然変性状態」をとるメカニズムとして、Wolynes(UCSD)はfly-casting機構を提唱している。即ち、タンパク質が決まった立体構造を取らないことで、その周囲をより広く探索でき、そのために相方の分子を効率よく見つけられる、という機構である。他方で奈良先端大の片岡幹雄らは、黄色ブドウ球菌の核酸分解酵素(SNase)に対する実験研究で、タンパク質の2次構造の中で動きの大きいループ部分に「デザインされた揺らぎ」が存在する可能性を示唆している。Wolynesのfly-casting機構が、熱雑音を利用した単純な探索を念頭においているのに対して、片岡らの考えは、より系統的な探索の可能性、別の言い方をすれば「非熱的な揺らぎ・運動」の可能性を示しており、この違いを検証できれば、生体分子の機能発現の機構に関して、大きな発見となり得る。本研究では、片岡グループとの議論も行い、データマイニングによる集団運動の抽出と、その相関・因果関係の解析によって、「天然変性タンパク質」の機能発現における「非熱的な揺らぎ・運動」の検出を目指している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までの達成は、理論展開と具体的な応用の2点に分けられる。第1の理論展開に関しては下記のとおりである。まずウエーブレット変換に関して、従来よく用いられてきたMorletウエーブレットのみならず、それを拡張した母関数を用いる可能性を検討している。この拡張された方法では、関数空間としてL2を用いることができないので、L1などの関数空間を用いる可能性を研究している。L1では最適化のアルゴリズムとして最小2乗法が使えないので、近年開発されている種々の最適化アルゴリズムの使用を考えている。さらに、このように抽出された振動や変位に対する次元縮約、即ち、それらの運動に関与する集団的自由度を取り出すため、特に正定値行列計画法を利用したカーネル最適化を考えている。カーネル法に関しては、その有効性を調べるとともに、原像問題の新たなアルゴリズムを検討している。これらの手法を用いて相空間の階層的不変集合を取り出すため、時空間に関して粗視化を考慮する次元削減に向けたカーネル法開発を行っている。第2の具体的な応用では対象として、アロステリーとの関連で研究されているPDZドメインや、「天然変性タンパク質」等の生体分子を考えている。アロステリーとは、生体分子において空間的に離れた場所の間で情報の伝達が行われる現象であり、ヘモグロビンをはじめとして種々のタンパク質で研究が行われている。今年度はその一つであるPDZドメインに対して、ウエーブレット正準解析という手法を展開し、ゆっくりした時間スケールにおいて、空間的に離れたアミノ残基間における相関の存在を明かにした。この手法は時間相関にも拡張可能であり解析を進めている。また黄色ブドウ球菌の核酸分解酵素(SNase)に関して、片岡研究室のメンバーとの議論を開始し、実験との対応が可能な分子動力学データの解析を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策は、理論展開・分子動力学データへの応用・実験との共同研究の3点に集約される。第1の理論展開に関しては、ウエーブレット変換を用いて大自由度時系列データのデータマイニングを行う手法を、さらに発展させることである。従来、生体分子の時系列解析に用いられる方法は、熱平衡に近い状況、即ち、詳細釣り合いを前提にしているものが多い。これは、従来の手法の目的が自由エネルギー平面の解析を目的としているからである。これに対して我々の目的は、平衡から遠くはなれた状況における動力学的な情報を抽出することにある。そのために平衡統計力学の枠組みに留まらず、大自由度データの粗視化された相空間構造を解析する手法を展開する。第2の分子動力学データへの応用に関しては、リガンドへの結合過程のように、非平衡非定常な時系列データへの適用を考えている。近年アロステリー効果の存在が実験研究で注目されているPDZドメインでは、我々の昨年度の研究成果として、ウエーブレットを用いた新たな手法によって、ナノ秒オーダーにおける集団運動の存在が示唆されている。この方法を時間相関の解析に発展させ、集団運動の伝達過程の解析を進めていく。また、遷移過程を解析する手法として、transition path sampling が注目されているが、そのテストケースとしてシニョリンの構造転移を対象として、動力学的なパスサンプリングの手法を展開する。第3の実験との共同研究としては、昨年度から開始した奈良先端の片岡グループとの共同研究を発展させる。特にミュータントにおける機能発現の差を、分子動力学データの解析によって明かにする。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度の研究費は、旅費として使用する計画であったが、調査のための東京出張が、旅行パック利用で予定より安価になったため残額が出た。 次年度は、余剰分を利用して研究調査を増やす予定である。
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