キネシンはATP加水分解エネルギーをつかって,細胞の中心から外側に向かって微小管上を二足歩行しながら,細胞内貨物輸送を担うモータータンパク質である.前足および後足に対応したモータードメインへのATP結合,ATPの加水分解,およびADP脱離は,前足と後足の間に働く分子内張力の影響に基づくgating機構(主要な反応は,この前に起きる反応が完了するまで強く抑制される)によって制御され,その結果として,前進ステップ運動を駆動する主要サイクルが実現すると一般に考えられている.しかしながら,確率的に生じる化学反応を,分子モーターが正確に制御しているとは考え難い.もしも主要サイクルから逸脱する化学的遷移が起きてしまった場合,どのようにdead endを回避して,サイクルを進めるのだろうか? 本研究では,観測結果に基づいて,キネシンの化学-力学状態遷移ネットワークモデルを論理的に構築し,動力学的特性および力学的破断特性の統一的再現を試みた.そして主要サイクルの解析により,一般に信じられているキネシンの標準的モデルとは本質的に異なる次の結果を得た. (1)特定のサイクルのみに依存せず,ATP濃度に応じてサイクルの反応経路を変化させながらdead endを回避して,安定した前進ステップ運動を実現する. (2)後方への外部負荷に対するロバスト性を維持するために,ATP濃度にかかわらず,主要サイクルに対するネットワーク上での適切な反応経路を選択している. また、化学-力学状態遷移サイクルを構成する各状態遷移の自由エネルギー面の計算に必要な、高精度で高効率な溶媒和自由エネルギー計算法を開発した。この手法は、密度汎関数法において導入する参照系を、従来通りの理想気体から、液体状態の記述においてより有効な剛体球参照系に置き換えることにより、従来法のhypernetted chain(HNC)近似に比べ、密度汎関数テーラー展開の速やかな収束を実現している。
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