前年度までの研究を踏まえて、超原子価状態にある5配位スズ原子を配位子とする遷移金属錯体を触媒反応へと応用するために、遷移金属部分を配位不飽和にするための変換反応を試みた。超原子価5配位スズ配位子を有するアニオン性鉄錯体に対して、紫外光の照射、加熱、アミンオキシドによる酸化、ホスフィンの添加などを試みた。しかし、鉄原子上に存在する一酸化炭素配位子の脱離は起こらず、配位不飽和化学種の生成は、確認できなかった。この理由の一つとして、鉄原子から一酸化炭素配位子へのπ逆供与が極めて強いことが考えられる。そこで、この鉄錯体を触媒反応へと応用することは断念した。その代わりに、超原子価状態にある5配位14族元素間の結合の研究の展開として、5配位スズ原子同士の結合をもつジアニオン性化合物を合成した。単結晶の作成に難航したものの、最終的にテトラアルキルアンモニウムを対カチオンとして用いた場合にX線結晶構造解析に適した良好な単結晶が得られて、結晶構造を明らかにすることができた。スズ原子周りの構造は歪んだ三方両錐構造であり、スズ原子間の結合長は一般的な結合長とあまり変わらないことがわかった。また、119Sn NMRの測定によって、119Snと117Snのカップリングによるサテライトピークを伴った一重線が観測された。サテライトピークの結合定数J値から、スズ原子間の結合はs性が高い結合であることが明らかとなった。
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