本研究は,フォトクロミック化合物のアモルファス薄膜にパターン露光することで,膜表面に凹凸構造(表面レリーフグレーティング:SRG)が形成されることに関するものである.このSRG形成には,露光するだけで物質が自発的に移動する過程が含まれており,「なぜ物質が移動するのか」,という根本的な機構の解明を目指した. 前年度までに,光のみで反応するフォトクロミックナフタセンキノンデンドリマー(樹状型分子)の高純度合成に成功し,アゾベンゼン系とは異なり露光し続けなくても露光後に暗所でSRGのレリーフが徐々に成長することをつきとめている.今年度は,このレリーフ成長過程をレーザーの回折光強度測定によって詳細に追跡した.その結果,露光後の薄膜(厚さ約1マイクロメートル)の温度が40℃では成長は遅く,55℃では時間経過とともにレリーフが指数関数的に成長することが分かった.さらに,60℃では,いったんレリーフ成長が確認されるものの,その後レリーフが消失することも分かった.ガラス転移温度が約70℃であることから,膜が軟らかい(流動性が大きい)と成長スピードは速く,軟らかすぎると崩れるものと思われる.実際に原子間力顕微鏡を用いて膜の硬さ測定を行った結果,55℃では露光部が未露光部より軟らかくなっている知見が得られた.物質移動は露光部から未露光部へと起こっていたことから,軟らかい部位から硬い部位に物質移動が誘起される可能性が示唆された.レリーフ形成・成長が膜厚にも依存すること,世代の異なるデンドリマーでは結晶化がレリーフ成長を停止させることも新たに判明し,この説明を支持している.室温でも熱による異性化が起こるために本研究と同じ観点では詳細に調べられていないが,SRG研究では最も広く用いられているアゾベンゼン系でも,膜の硬さの光誘起変化がレリーフ形成の本当の駆動力である可能性があるものと考えている.
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