本研究は、従来固体(金属酸化物、無機結晶、高分子)においてのみ得られる強誘電性を、イオン液体を基盤とするソフトマテリアルにおいて実現するための新しい方法論を開拓することを目的とした。 種々のイオン液体について、誘電特性を系統的に調査した結果、大きな双極子モーメントを有するイミダゾリウム塩において、強誘電ヒステリシスを与えることを見いだした。この強誘電ヒステリシスは、電極近傍における交流電場印可に伴う分子の反転(配向変化)に基づく機構であることを、蛍光色素のドーピング実験から明らかにした。PUND測定より、常誘電成分と強誘電性成分、リーク電流成分の分離解析を行って、強誘電性分の存在を確認した。 一方、塩化コリンとチオ尿素などの分子性混合液体であるディープ共融液体(Deep Eutectic Solvent)については、上記のイオン液体と同じ条件では強誘電ヒステリシスが観測されなかった。このことは、次のメカニズムにより説明できる。イオン液体においてはカチオン分子とアニオン分子の間に静電的相互作用が常に働き、電極近傍においても分子レベルの共連続相を与える。カチオン分子、アニオン分子の分子配向変化は、互いに影響を及ぼすが、共連続相の構造変化には時間がかかるため、分子の配向変化はもはや液体中の自由運動では記述できない。すなわち、イオン液体においては、分子レベルの共連続相構造が存在するために、交流電場の印加に対して速度論的な活性化ポテンシャルが生ずる。これが、液体であるにもかかわらず強誘電性が観測される理由と考えられる。一方、ディープ共融液体については、かかる共連続相は発達していないことから、強誘電性は観測されなかったものと考えられる。 以上、本研究によって、イオン液体が強誘電性を示すことがはじめて明らかとなり、萌芽的であるが極めて挑戦的な課題に対して、有意義な成果が得られた。
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