平成27年度は当初計画を1年延長した最終年度であり、前年度までの研究で得られた疲労挙動に対する水素の関与についての総合的成果を国際会議にて口頭発表し、さらに学術雑誌に論文を投稿して掲載決定となった。 水素による材料の劣化は一般に水素脆性と呼ばれ、特に鉄鋼材料については古くから研究が行われてきた。その名称から材料がもろくなって破壊しやすくなると理解されるものの、劣化機構の真相は未だに不明である。平成25年度には、シリコンにおいても水素ガス中で疲労寿命が低下することを確認した。続く平成26年度には、金属とは異なる共有結合により形成される固体材料であるシリコンにおいて、異なる応力状態で疲労寿命がどのように変化するかを疲労機構の観点から重点的に解析した。この結果、結晶すべり面における剪断応力が大きいと寿命が短くなる傾向が明確に現れ、同時に圧縮応力が疲労寿命の低下に大きな効果を持つことも確かめられた。さらに疲労破壊の起点に転位群の形成が認められるに及んで、水素原子がシリコン原子間の共有結合軌道に干渉し、圧縮と剪断応力との作用で常温でもすべり変形を引き起こすことが強く示唆される成果が得られた。 これら一連の新規知見は、水素がシリコンに対しても強く作用し得ることを意味するとともに、表面酸化膜の腐食亀裂が疲労破壊を引き起こすと考えられてきたこれまでの通説を覆すに十分な新しい証拠である。そのインパクトは大きく、平成27年度には採択率が5割に満たないセンサー関連の大型国際会議(Transducers 2015)に口頭発表で採択され、ユビキタスセンサネットワーク社会へ向けてシリコンデバイスの機械的信頼性に関心が高まる中、大きな反響を得た。また、関連する国際学術誌への論文掲載も既に決定しており、よく知られた材料であるはずのシリコンに拡がる新たな研究領域の萌芽となることが大いに期待されている。
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