絶滅した生物の中には,特定の生態的性質に根ざした適応形態へと結果的に進化を遂げた例が多い.特に,位置の変更や姿勢の改変など運動能力にきわめて乏しい腕足動物にとって,個体まわりの環境を生命活動へと転用する「形の自律的な機能性」は必要不可欠であったと考えられる.本年度は,これまでの研究によって明らかになった絶滅腕足動物パキシルテラの解析モデルを用いて数値流体力学的検討を行い,殻が備えた形態機能とその最適性を理解することを目的とした. 流体解析の結果,パキシルテラの殻形態は,流水実験の結果と調和する螺旋状の渦流を殻の内側で形成できる適応形態であることがわかった.解析モデルの姿勢を改変して解析した結果,開口部が上流側に傾くと渦様旋回流は徐々に力強くなり,80°以上傾くと旋回流の形は大きく崩れてしまった.また,下流側に傾くと,渦様旋回流は徐々に微弱になった. 渦様旋回流の速度は,開閉量によっても大きく異なった.殻を開くと,渦の回転速度は増加した.しかし,ある開閉度(およそ開閉角8°)あたりで,安定した渦様旋回流ではなく,非定常の乱れた流れとなってしまった.おおよそレイノルズ数5000以下の環境では8~10°,5000以上の環境では開閉角5°程度の開閉角で,最適な渦様旋回流を形成できることがわかった.本研究で行った動物自身の適応環境を再現した層流―乱流遷移域だけでなく,今後は層流環境や乱流環境について形態の最適性も検討する必要があるだろう. 受動的渦流発生装置としてみた絶滅腕足動物の殻形態は,外部の流れ場に応じて個体数密度を変えてやると,より強力な渦流を形成できると考えられる.予察的に流水実験を行った結果,適切な密度を持たせた群集中の個体は,個体まわりの流路が狭窄したために起こる流速の増加によって,旋回流の速度が高くなった.開度と流れ場に応じた群集効果は,今後の検討を要する.
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