本研究は、上下水道処理における消毒処理が腸管系ウイルスの環境適応による進化へ与える影響を明らかにすることを目的とする。具体的には、全世界で胃腸炎被害をもたらしているノロウイルスと同じカリシウイルス属に属するマウスノロウイルス(murine norovirus: MNV)を使用し、培養→遊離塩素処理→培養のサイクルを繰り返すことで、遊離塩素に対する抵抗性を増したウイルス集団を取得した。その後、取得された遊離塩素抵抗性ウイルス集団の遺伝子配列を解析し、遊離塩素耐性をもたらした遺伝領域とその機能を突き止めることを試みた。その結果、研究初年度では繰り返し遊離塩素処理を受けたウイルス集団が、遊離塩素処理を受けない対照ウイルス集団に対し6倍程度の耐性を得ることが確認された他、繰り返し遊離塩素処理を受ける過程で、ウイルス集団の遺伝子型が遷移している現象が確認された。研究代表者は、本成果により第55回日本臨床ウイルス学会において若手奨励賞を受賞した。 研究2年目(最終年度)においては、初年度で得られた現象の再現性を確認する実験を行い、確かに繰り返し遊離塩素処理により遊離塩素耐性ウイルス集団が得られることが確認された。ウイルス集団から遺伝子を抽出し、その配列を解析したところ、初年度と同様に繰り返し遊離塩素処理を受ける過程で遺伝子型の遷移が見られたが、アミノ酸レベルではほとんど変化していないことが確認された。この結果は、遊離塩素耐性はアミノ酸変異によるウイルスカプシドタンパク質の構造安定性によりもたらされたものではなく、他の原理により得られたものであることを示している。すなわち、ウイルス集団の遊離塩素耐性は特定の表現型に依存するものではなく、集団として発揮するものであると言える。
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