癌の最大の脅威はそれが持つ浸潤と転移の能力であり、近年周辺の間質細胞が癌細胞を支援することによりその悪性度が増すことが示唆されている。本研究では罹患率と脳転移頻度の高い肺癌を対象とした。肺腺癌および小細胞癌のヒト細胞株を培養ラット脳スライスへ播種することで、脳間質細胞であるアストロサイトとの相関を検討した。 肺腺癌細胞についてはスライスへの生着が起こり、腺癌の特徴である腺管構造の形成を認めるなど生体に近い反応を観察することが出来た。癌細胞の周辺にはアストロサイトが集まり、両者の相関が示唆された。小細胞癌細胞については脳スライスへの生着がなされず、アストロサイトとの関連を解析するまでには至らなかった。 治療抵抗性を持ち癌の再発を促す存在として、近年癌幹細胞が提唱されている。治療抵抗性の基盤と示唆される薬剤排出能を利用し、蛍光色素を取り込ませ紫色レーザーで励起した際放射光が低値であることを指標に細胞を分取することを試みた。腺癌細胞からの分取は不安定であり、小細胞癌細胞からは安定に分取が達成された。小細胞癌から分取した細胞を再度培養するとそれ自身が増殖する自己複製能、および薬剤排出能の低い細胞を出現させる分化能を確認することが出来た。この細胞は、コロニー形成能が顕著であった。幹細胞の特徴である自己複製能と分化能と同時に造腫瘍能を所有することから、分取した細胞は癌幹細胞を含むことが示唆された。 本研究では、脳に転移した肺癌細胞と脳微小環境の相関を培養下で解析する系が構築された。生体内で困難な細胞の経時的観察を行えるなど利点のがあり、疾患の詳細な解析への応用が期待出来る。 ただ、特に治療が困難な肺小細胞癌細胞と脳スライスの共培養は成功に至っていない。肺小細胞癌の細胞株からは安定して癌幹細胞と示唆される細胞が分取されたので、その脳スライスとの共培養が今後の課題である。
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